分子時計とミトコンドリアイブ

西田洋巳、生物進化と細胞外DNA

分子生物学は驚きの連続です。驚きと言いますか、革命の連続なんですね。真核生物では有性生殖が行われて遺伝情報の混合が起きますが、バクテリアなどの単細胞生物では、細胞分裂でクローンを生み出す仕組みであり、遺伝情報の変化はDNA複製時のエラーを根拠とします。この変化率は10の9乗分の1回の割合と言われており、10億回に1回の割合の変化ということになります。

細胞内における遺伝子の発現は次の順序で行われます。

DNA→メッセンジャーRNAリボソームでタンパク質合成

リボソームは細胞の存続に極めて重要な役割を果たしているのでリボソームRNAで遺伝子配列のエラーが起きると機能不全となり生き延びることができません。リボソームRNAとリボソームDNAは変化しにくい、変化のスピードが極めて遅い遺伝子ということになります。異なる生物間においても、近縁種であれば極めて良く保存されている遺伝子ということになります。この遺伝子は分子時計として利用することができます。このrRNAの性質を利用して生物間の系統進化関係を調べて系統樹を一気に造り変えてしまったのがアメリカの生物学者カール・ウーズでした。従来の原核生物と呼ばれていた生物群の中に、系統進化上はバクテリアよりも真核生物に近い生物種グループ「アーキア(古細菌)」が発見され、3ドメイン説として主張されました。

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母親から受け継がれるミトコンドリアDNAを分子時計として遺伝子解析を行い、人類の系統進化を分析したのが、UCバークレイのレベッカ・キャンとアラン・ウィルソンのグループです。彼らは1987年の論文で、様々な民族の147人のミトコンドリアDNAの塩基配列を解析し、配列が似ている民族同士は近い時代に分岐したというルールに従って人類の系統樹を作成しなおしたところ、全人類に共通の祖先のうちの一人の女性が20万年前にアフリカにいたことが示唆されました。

※参考論文、ミトコンドリアDNAと人類の進化

https://deusexisteumdesafio.com/uploads/extra-83/pdf-extra-83.pdf

このように論理的に明らかにされた古代の女性に対して名付けられた名称が「ミトコンドリア・イブ」です。

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異なる生物種の間で遺伝子の交換が起こることを「DNAの水平伝播」と言います。水平伝播を引き起こすのは、細胞外からウイルスや環状DNAであるプラスミドが細胞内に入った場合です。ウイルスやプラスミドは単独では増殖できないので生物ではありませんが、条件の合う宿主に出会うと遺伝子を増殖し、宿主のDNAの中に潜り込んで、また、細胞外に放出されます。

上記「生物進化と細胞外DNA」では、細胞外に放出されたDNAを、「環境DNA、environmentalDNA, eDNA」と呼んで生物種間で遺伝子が移動する様子が研究されています。

日本酒醸造時に混入するバクテリアが製造地域に特徴的なバクテリア菌叢を形成している可能性があり、日本酒に含まれるアミノ酸や有機酸の組成に多様性をもたらしている可能性が示唆されています。

また富山湾の海水から遊離プラスミドDNAを抽出して解析する研究も行われています。海水を0.2ミクロンのフィルターでろ過すると細胞が除去され、0.02ミクロンのフィルターでろ過するとウイルスが除去され、遊離プラスミドだけを抽出することができ、これを解析したところ、細胞外DNAの95パーセント以上が遺伝情報データベースに登録されている塩基配列に類似性を持たないことが判明したというのです。

じゃあこの遺伝子はいったい何なのでしょう。はい、それは細胞外DNAであり、環境DNAです。放射性炭素同位体を用いた年代分析で土壌中の環境DNAの中には90万年前のものが含まれていると報告されています。

細胞内のDNAが発現して生物の身体を形成し、子孫がDNAを受け継いでいくというセントラルドグマは、非常に素朴なシンプルな考え方であり理解しやすいものですが、現実の自然にはもっと複雑な生物種間のDNA水平伝播が起き続けていることが示唆されているのです。それは、遺伝情報を保存するDNAというものの見方を変えることですらあります。DNAは生物種間のコミュニケーション手段かもしれないのです。細胞膜の内側がひとつの細胞で、細胞膜の外側は外界である、というような素朴な考えが通用しないかもしれないのです。核内DNAと、RNAと、ウイルスと、プラスミドが、細胞内外で入り混じって相互に影響しあう連続運動が繰り広げられているのかもしれません。

 


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