実験物理学者の本は説明が具体的で分かりやすいです。理論物理学者の偉い先生の本は「これ分かってる人に向けて書いてるのでは?」と思われるようなものが多いですが、この本は違います。分かってない人に向けて説明しようとなさっているんですね。それで、読んでて目からウロコの話が沢山ありました。
・宇宙項の物語。
アインシュタインは重力で天体が引き合って宇宙が一点に集中してしまわないための反発力が必要と考えて一般相対論の式の中に宇宙項として斥力(反発力)を入れた。その後、宇宙の膨張運動が証明されて宇宙項は不要である(ゼロにしても収縮しない)と分かり、アインシュタインが「人生最大の失敗」と悔やんだと言いますが、彼の没後21世紀に入って宇宙項は暗黒エネルギーを示していることが分かり華麗に復活した。
・光より速く遠ざかる星。
ドップラー効果による赤方偏移を計算すると、星の後退速度は光速を超えているが、それは空間が伸びているだけで物体が移動しているわけではない。
・遠くを見れば過去を知ることができる。
ビッグバンの火の玉が薄まっていき光が直進できるようになった「晴れ上がり」の光を人類は観測した。ペンジアスとウィルソンの電波望遠鏡で宇宙背景輻射を初報告した1964年の論文は1ページ半くらいだったがノーベル賞を受賞した。1989年COBE、2001年WMAP、2009年Planckと宇宙望遠鏡を打ち上げた。
・ブラックホールのジェットを観測して存在を証明。
近くの星のガスがブラックホールに吸い込まれる時に回転しながら渦巻き状に吸い込まれて行って、ブラックホールにぶつかった時に渦巻きと垂直にジェット電磁波が放射される。中心部は真っ黒で見えないとしても吸い込まれる渦巻きとジェットが観測されればブラックホールの存在が証明できる。
・温めれば過去を見ることができる。
ビッグバンから宇宙は拡大し続けて、温度が低下し続けているので、温度を上げていけば(加速していけば)過去の宇宙をシミュレーションできる。水蒸気が水になり、氷になる相転移と同じ事がビッグバン以降の宇宙でも起こり、その時に4つの力から、重力、強い力、弱い力が電磁力と分かれていった。その絶対時刻も理論計算できている。現在の宇宙に生きている人類が宇宙の過去の相転移を認識できるのは驚異的なことである。
・力を媒介する粒子
自然界の4つの力を伝えるには、綱引きのひものように媒介が必要であり、それぞれの力を媒介する素粒子が考案された。重力(1665年、ニュートン)、電磁力(1864年、マクスウェル)、弱い力(1933年、フェルミ)、強い力(1935年、湯川秀樹)。
・宇宙を観測する3つの方法。
人類は長らく光学望遠鏡で宇宙観測してきた。20世紀にそれが電波望遠鏡に改良されたが、電磁波を使って観測していることに違いは無かった(電磁波天文学)。しかし、1987年にカミオカンデが超新星爆発のニュートリノを初観測した時に、人類はニュートリノを使って天体観測する手段を獲得した(ニュートリノ天文学)。そして、2015年にアメリカのレーザー干渉計重力波観測所で重力波の初観測に成功し、人類は第3の天体観測手段を獲得した(重力波天文学)。
いやあ、日常生活と何の関係があるの?と自分でも思いますが、人類の英知の凄さを体感できる読書体験です。スモールステップの繰り返しで人類は着実に進んできました。宇宙探索とか素粒子実験そのものは今現在の日常生活とはリンクしないかもしれませんが、人類のその英知は日常生活全般を改良することにも確実に使われていて、それは驚くべき程の変化を生みますよ、ということなんですね。それを宇宙物理学の進歩を見ることによって間接的に知ることができるんです。
超巨大な宇宙と超極小の素粒子が繋がっているなんて驚くしかありません。そして、20世紀には全然分からなかった4つの力の統一が目前まで迫ってきていることに驚かされました。そのパワーが、我々の生活の革新にも注がれているのです。カーツワイルがシンギュラリティを予言した2045年の生活は、2022年の我々には想像もつかないものに変わり果てているに違いありません。それを予感するためにも、実験物理学者の本を読むことはお勧めとなります。
※参考記事
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