竹中平蔵・ムーギーキム、最強の生産性革命
慶応大学総合政策学部の師弟が対談する本です。弟子は、「最強の働き方」「一流の育て方」などのベストセラーで知られるムーギーキム氏。お二人の勉強量が凄いので、前提知識なしに読むと訳が分からないリスクがあります。例えば「不動産登記をすべてブロックチェーンに変えればいい」とか、さらっと書いてありますが、ブロックチェーン技術に対する深い理解が無ければ出てこない言葉だと思いました。しかしある程度勉強している場合、非常に考えさせられる内容です。1868年に明治維新で日本の産業化が始まりましたが、21世紀の日本もこれと全く同じような状況にあることが分かります。明治維新の時はイギリス発の産業革命が世界に波及する図式でしたが、今21世紀はアメリカ発のAI革命が世界に波及する図式です。情報だけでなく商品もシームレスに世界を移動し(フラット化する世界)、労働力も世界基準で価値を考えなければなりません。いやおうなく、そのように世界は進んで行き、日本人も影響を受けざるを得ないと言うことですね。ええ、「正社員は無くなります、跡形もなく」ということなんですね。いつ無くなるか?それは知りません。でも、明治9年の秩禄処分みたいなもので、それは不可逆的な避けられない変化です。あるいは逆に考えて、最初から存在しない幻想を見ていたと捉えると良いかも知れません。そのようなものは最初から存在していなかったのです。
野口悠紀雄、入門ビットコインとブロックチェーン
新書の性質上、ブロックチェーン技術の詳細を解説することは出来ないものの、ブロックチェーン技術の概要と、その性質、社会に与える影響、日本社会が行うべき対策について詳説されています。ブロックチェーンと仮想通貨について最初に読むべき本です。以下、ポイントを列挙します。
1、ビットコイン仮想通貨と従来型電子マネーの違いは、管理者の有無である。ブロックチェーンは、管理者を置かなくてもインターネット上で改ざん不可能な台帳のシステムを実現させた。
2、従来通貨に対する暗号通貨の優位性が明らかになり、メガバンクや中央銀行が暗号通貨を発行する可能性が高まっている。将来的には、銀行預金の消滅に帰着する可能性もある。厳密な本人確認を行う暗号通貨が主流となった場合、個人の全ての経済活動が捕捉されうる究極の管理社会が現実化するおそれがある。
3、国際送金だけでなく、国内の送金も、ブロックチェーンが実現する送金手数料の低額化により、マイクロペイメント(少額送金)が可能となり、働き方や、社会構造を変える可能性のある大きなブレイクスルーになると見られています。
4、ブロックチェーンは、信頼性のあるネット台帳であるから、様々な分野に応用することができる。証券取引、保険、不動産登記、戸籍、特許権や著作権などの公的証明、資金調達(IPOからICOへ)も置き換え可能である。ブロックチェーン台帳を用いる「スマートコントラクト」にも期待が掛けられている。紙幣、契約書に代わり、ブロックチェーンのデータが、新たに契約の締結と決済を担うことになる。今まで実現出来なかったような、速度、金額の契約が可能となる。uber や airbnb のようなシェアリングエコノミーの進展も一例である。
5、ブロックチェーンは、シェアリングエコノミーの発展を推進する。労働も細分化され、シェアされることになる。クラウドソーシングの増加が、ブロックチェーンにより加速することが予想される。
6、ブロックチェーン開発に積極的に取り組んでいるのは、中国とアメリカである。残念ながら、日本社会は、ブロックチェーンの活用において、大きく遅れている現状である。教育環境、大学組織の硬直性、企業文化、法令の規制などが問題となっている。
7、経営者が企業を運営する現在の形態から、分散自律型組織 Decentralized Autonomous Organization による組織の運営へと変わっていく可能性がある。DAOの最初の事例がビットコインである。
株式会社ストーンシステム、ブロックチェーンがよーくわかる本
たしかによーく分かります。ブロックチェーンは、インターネットの「公開台帳」みたいなものであり、衆人環視のもとでデータ更新が行われていくので、従来の銀行システムみたいなクローズ台帳よりも改ざんに強いということが説明されています。データの一貫性を保持する技術は従来RDBMS=リレーショナルデータベースマネジメントシステム(relational database management system)がありましたが、これをインターネットに公開して、みんなで監視しながら更新していこうというシステムなんですね。画期的な技術ですが、暗号技術とブロックチェーンと、どちらが重要かと言えば断然暗号です。脆弱な暗号のブロックチェーンより、強固な暗号の従来システムの方が、安全性が高いと言えます。ブロックチェーンは台帳ですからビットコインみたいに「預金通帳」に使うこともできますし、スマートコントラクト、マイクロファイナンス、マイクロクレジットみたいに「少額契約、少額決済」の手段に使うこともできます。台帳の更新だけでなく、関連ソフトウェアの開発もオープンソースの共同作業で進められています。
ブロックチェーンは生まれたばかりですし、長年従来システムを利用してきた我々には「銀行のサーバーよりもブロックチェーンの方が低コストで安全だ」と言われても、なかなか納得しがたいものがあります。ブロックチェーンの採掘している参加者全員のPCが同じウイルスに感染したらどうする?とか思ってしまいますね。しかし、これからの若者は、物心ついたときからブロックチェーンを利用することになりますから、ブロックチェーンが本筋と考えることができるのかもしれません。そのうちブロックチェーンを使ったクラウドサービスが主流になるかもしれません。
クリスアンダーソン、フリー<無料>からお金を生み出す新戦略
テクノロジーカルチャー誌wired編集長のクリスアンダーソンが書いた刺激的な知的探険の書です。
20世紀はアトム経済=原子からなる実物インフレ経済だったが、21世紀はビット経済=情報からなるデフレ経済の時代だ。
ビット経済の無料化がアトム経済の無料化を牽引する。
デジタルテクノロジーの進化により、無料経済が出現した。20世紀に育った世代は、20世紀のフリーしか知らないが、21世紀に育ったグーグル世代は、あらゆるサービスが無料でも当たり前と感じる限界費用ゼロの21世紀型フリーを受け入れている。
有料と無料の他に、第三の価格というのもある。それは、マイナスの価格、つまりお金を貰えるという取引だ。商品を買ったときにキャッシュバックを受けるような取引である。音楽クラブで、演奏するバンドにお金を払うのではなくお金を徴収するような取引も、これに含まれる。
ペニーギャップとは、古典経済学の需要供給曲線が、ゼロの境目では非線形性を持つことを示します。ゼロになったとたんに、需要が数倍以上に伸びるのです。
1959年、コンピューターマニアの集団と化していた、MITの「テック模型鉄道クラブ」(TMRC)のピーターサムソンは、「すべての情報はフリーになるべきだ」というテーゼを発した。
1984年ジャーナリストのスティーブンレヴィが「ハッカーズ」を出版したときハッカー倫理7ヵ条を紹介し、それが第3項に入った。
1、コンピューターへのアクセス及びその使い方を教えるあらゆるものは、無制限かつ全面的でなければならない。
2、常に実践的な命令に従うこと。
3、すべての情報はフリーになるべきだ。
4、権威を信じるな-非中央集権を進めよう。
5、ハッカーはその身分や年齢、人種、地位などインチキな基準ではなく、そのハッキング能力によって評価されるべきだ。
6、コンピュータで芸術や美をつくり出すことは可能だ。
7、コンピュータは我々の生活を良い方に変えられる。
これがヒッピー出身のスチュアートブランドの「ホールアースカタログ」に引き継がれ、「情報はフリーになりたがる」と昇華されました。クリスアンダーソンは、スチュアートブランドにインタビューして、その変化の真意を質しました。
ブランドは(1)第一に言葉として響きが良いから。詩的で神話的で、指図するイメージを回避できる。(2)第二に、それは視点をあなた自身からある現象へと変えます。その現象とは、情報自身の問題だという考えを共有することで、そこから価値が生まれるというものです。と、回答したということです。意訳すれば、それは「カッコ良くて、不可避的である」という言い方になるわけです。
なんと!「情報はフリーになりたがっている」という伝説的な言葉は、何人もの、何十年もの、人々のリレーから偶然に生まれた産物だったというわけです。この言葉にこれだけ迫ったというだけでも、この本の価値は非常に高いと思いました。
第9章新しいメディアのビジネスモデルにおいて、芸能関係弁護士ジョナサンハンデルによるフリーへと移行する6つの理由が挙げられています。
1、需要と供給・・・コンテンツの供給が増えたのに対し需要は増えていない。
2、物質的形状の消滅・・・あらゆるモノがデジタル化され物質形状を失う。
3、入手しやすさ・・・店で探すよりネット検索の方が簡単便利である。
4、広告収入で運営するコンテンツへの移行・・・ウェブで根付いた習慣が、実物経済にも波及している。
5、コンピュータ業界はコンテンツを無料にしたがっている・・・コンピュータを売るのに好都合である。
6、フリー世代・・・ブロードバンドと共に成長した世代は限界費用ゼロが身に染みついている。
クリスアンダーソンは、成功している5つのビジネスモデルを提示しています。
1、バーチャル製品の販売・・・オンラインゲームのアイテム販売。
2、会費・・・オンラインゲームの有料会員。
3、広告・・・オンラインゲーム内の風景に掲示される広告。
4、不動産・・・仮想世界の不動産を売る会社があり、仮想世界の中の不動産会社は、その不動産の転売で利益を上げている。
5、商品・・・ぬいぐるみに添付されたタグのコードをインターネットに入力するとバーチャルペットと遊ぶことができる。
第12章、非貨幣経済において、著者は、金銭が支配しない場所で何が支配するのか、というテーゼに対して、「注目経済」「評判経済」というふたつの非貨幣要因を提示しています。評判経済は、http=ハイパーリンクの発明により被リンク数=ページランクという形で数値化されています。Facebookの友達数や、Twitterのフォロワー数も同様のものとなっています。非貨幣経済においてそれは真に価値があるもので、世の中を動かしていく力=影響力を持つわけです。
第14章、中国とブラジルはフリーの最先端を進んでいる。音楽の不正コピーによって、音楽産業のビジネスモデルが進化しているのだ。ブランド品の不正コピーも氾濫している。中国の儒教思想では、師の真似をすることは教育の基本であり、相手に敬意を表すること、つまり悪いことではないからである。
ブラジルでは、9割のバンドがレコード契約をしていないし、レコード会社に所属してもいない。無料コピーが音楽を広めてくれるので所属する必要がない。また、ブラジルはオープンソースの利用において世界の先頭に立ち、リナックスによるATMネットワークを世界で最初に構築した。国民全員にコンピューターを行き渡らせるために、政府が積極的にフリーソフトを推奨している。
第15章、潤沢さがもたらす、ポスト稀少経済は、SF文学で繰り返し想像されてきた。宗教では、「あの世」を潤沢な場所として様々に描いてきた。
第16章、フリーに対する疑念と返答。圧巻なので、抜粋を見てみましょう。
1、フリーランチなんてものはない。→我々は、閉じたバランスシートではなく、開かれた世界の中で生きているのだから心配することはない。
2、フリーは常にコストを隠している。フリーはまやかしだ。→20世紀はそうだったかもしれないが、21世紀のビット経済では、本当に無料である。
3、インターネットは無料ではない。アクセスするのにお金がかかるじゃないか。→コンテンツと通信事業を混同してはいけない。コンテンツは無料である。
4、フリーは広告収入があるときだけの話だ。→有料会員が無料会員を支えるフリーミアムのビジネスモデルもあるし、少額販売もあるし、広告の課金も複雑化している。ビジネスモデルの進化は無限である。
5、フリーは広告の増加を意味するので、ますますプライバシーが失われる。→サイト運営者は閲覧者のプライバシーに注意を払っているし、プライバシーの概念も日々変わっている。
6、無料イコール無価値。→価値の物差しは金銭だけではない。
7、フリーはやる気を失わせる。→フリーの力を利用して間接的に収入を得ることができるから大丈夫。
8、フリーによって海洋資源が枯渇し、公衆トイレが汚れ、地球温暖化が進む。→ビット経済では環境コストは極少であり、それがアトム経済にも波及していく。
9、フリーは海賊行為を助長する。→海賊行為は重力のようなもので誰にも止められない。
10、フリーは何に対しても価値を認めない世代を育てる。→産業革命以来繰り返された議論だ。21世紀のフリー世代、グーグル世代も、ビット経済とアトム経済の違いは理解している。
11、タダには太刀打ちできっこない。→潤沢なものを素通りして、稀少なものを探せば競争できる。
12、タダで提供したのに、あまり儲からなかった!→フリーは魔法の弾丸ではない。フリーによって得た評判や注目を、どのように金銭に変えるかを創造的に考えなければならない。
13、フリーの中でいいものは、人がお金を払うものだけだ。→facebook やブラウザなど、反証が沢山ある。
14、フリーはクオリティを犠牲にして、アマチュアの肩を持ちプロを排除する。→フリーは仕事を再構築してプロに新しい仕事を与える。
日本語版解説には、著者が編集長をしていたwired 日本語版の編集長が著者の前著ロングテールの解説もしてくれています。ネット通販の販売ランキングをグラフにすると、ヒット商品が左端に並ぶが、その後は急降下してなだらかに長く続いていく。ネット販売では、商品を陳列・探索するコストが限りなくゼロに近づくので、長く続くニッチ商品(ロングテール)の売り上げがヒット商品を超えることになるという。このデジタル時代の変化を経済全体に適用して考えたのが、本書「フリー」ということになります。
著者によれば、20世紀に育ったアトム世代は、フリー経済を理解するのにアタマの切替が必要だが、21世紀に育ったビット世代は、フリー経済を前提条件として当然に受け入れているということです。ですから、21世紀に育った世代はこの本を読む必要がないのかもしれません。20世紀の「中年おじさんおばさん」達は一生懸命この本を読んで勉強する必要がありそうです。
ジェレミーリフキン、スマートジャパンへの提言
ジェレミーリフキンの「限界費用ゼロ社会」の日本語版に寄せられた特別章「岐路に立つ日本」の続編と、来日講演や日本人識者との対談やテレビインタビューなどが一冊の本となったものです。「限界費用ゼロ社会」を読んだ後に読むことを推奨します。ジェレミーリフキンさんは既に70歳を超えた高齢にも関わらず何故、膨大なエネルギーを割いて日本を訪問して講演し、様々な対談をこなし、テレビ雑誌のインタビューに精力的に応え、またこのような書籍を執筆したのでしょう。この本を読んでいるときに感じたのは、「第三次産業革命を成功させるには日本のコミットメントが必須である」「現在の日本社会の指導部の認識と取り組みは明らかに不足している」この2点を改善するために、彼は努力しているのだと思いました。資本主義の完成による経済危機と、地球温暖化による環境変化は、人類に破壊的影響を与えようとしており、人類にはこれを乗り越えるためのレジリエンス(耐久力、抵抗力=脆弱性の反義語)が求められており、21世紀はレジリエンスの時代に差し掛かっていると論じています。日本人がレジリエンスの時代を生き抜くために必要なのは、第三次産業革命の方向性を正しく認識し、これに移行していくための新たなビジネスモデルに着手していく必要があると述べられています。企業を存続させるための現在のビジネスモデルに加えて、新たな時代を切り開くもう一つのビジネスモデルが必要になるというわけです。