ボストンコンサルティング出身の経営コンサルタント鈴木貴博さんは、「シンギュラリティのパラドックス」という概念を提示しています。次の2つの事項が矛盾するが、どちらも否定しがたい、という二律背反の思考実験です。
- 機械が人から仕事を奪い、人の収入が激減し、デフレになって大不況となるディストピア(暗黒未来)が来る。
- 機械が人の代わりに働くので従来の業務は滞りなく維持されGDPも減らず、人々は余暇を楽しむユートピアが来る。
言うまでもなくテクノロジーの進歩は人の仕事を代替し軽減するものですから、うまく利用できればユートピアに導くことも不可能ではないはずなのです。しかし、富の偏在を放置すれば生活に苦しむ失業者であふれたディストピアも現実味のある想定となってしまいます。著者は、ビルゲイツが提案しているロボット税に似た仕組みである、ロボット賃金の政策を提案しておられます。
ロボットに給与を支払い、それを国が受領し、国民に平等に分配するという仕組みです。名前や仕組みが若干違いますが、ロボット税や、ベーシックインカムや、所得税の累進課税、富裕税(資産課税)と考え方は似ています。
この本では、最初にやってくる仕事消滅の危機は2025年頃、自動運転技術の実用化に伴う、日本国内で123万人が働くドライバー達の大量失業危機であると述べられています。そして、ドライバーの失業は、ドライバーだけでなく社会全体に次から次へと影響すると説明されています。ドライバーを失業した人が、他の仕事を低賃金で引き受け、従来の高賃金の別の分野の労働者が失業するというのです。2025年頃から、まるでビリヤードの玉突きのように、ドミノ倒しのように、ドライバー以外の労働者も失業していくわけです。
このような技術的失業に関する書籍は沢山あるのですが、「もう読み飽きた」と言わずに、根気強く何冊も読むことを推奨します。それは、各書籍に、必ず新しい切り口の見方が含まれており、新たな「気づき」が与えられるからです。この本で印象に残った事項を列挙致します。
- 生きがいを与える仕事が消失する不都合を克服したのが、かつての「古代ローマ帝国」におけるローマ人の生活である。
- 著者は5つの分野を追求する「充実した人生」を提案する。「芸術家」、「読書家としての学究人」、「アスリート」、「趣味人」、「遊び人」である。
- 20世紀初頭のイギリスでは325万頭の馬が働いていたが、約半世紀の間に姿を消した。蒸気機関とガソリンエンジンの発明でコスト効率で負けたのである。AIが発達すると、犬や猫も失業するかもしれない。
- 破壊的イノベーションの商品のプロトタイプが市場に出回ると「あんなのはおもちゃだよ」と評価されるが、20年後には従来技術の脅威となり、30年後には古い業界最大手が消滅する。フィルムとデジカメ、流通とインターネットも同様の経緯をたどった。
- AIの出現はグーグルの猫が出現した2012年を起源にできるかもしれない。その場合、2032年に現実の脅威が到来し、2042年には人の仕事が完全に消失すると想定できる。
確かに、古代ローマ帝国では皇帝が闘技場や大浴場を建設してローマ市民の不満を回避していたと昔世界史の授業で習いましたね。日本でも古来より、貴族や地主など不労所得者は存在し続けてきましたが、その不労生活者の人数が指数関数的に増加するという話なのです。そして、その不労生活者が「貧しい」というのが21世紀のシンギュラリティ革命の特徴になっているわけです。働かなくてよいけれど、働こうと思えば働けるわけでもなく、生活はできるけれど裕福なわけでは無い、という20世紀までの人から見たら不思議な時代が迫ってきているわけです。
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