技術は生鮮食品のようなものである

カシオ4兄弟の末弟樫尾幸雄氏の言葉です。高知県の貧しい農家だった樫尾家が、関東大震災をきっかけとして、復興需要で仕事があるからと田畑を売り払って上京し、8畳一間に8人家族で生活して、金属部品工場を創業して、指輪にタバコを差して仕事をしながらタバコを吸えるようにした「指輪パイプ」がヒットして、その資金で、電磁石で動く機械式計算機、ソレノイド式計算機の試作品を完成させ、商社に売り込みを掛けたところ、連続計算機能が無いので売れないと言われ、直ちにリレー式計算機の開発に方向転換して、1957年、世界初の小型リレー式計算機14Aを完成させてしまったのです。リレー式計算機は大ヒットしましたが、1964年にシャープがトランジスタ式計算機を発売し、今度はリレー式を放棄して、トランジスタ式をゼロから開発し始めたということです。

さらに、当初ビジネス向けだった計算機を、家庭用の個人向けに1万円で買える「カシオミニ」を企画して、これも大成功させ、時計事業に参入しGショックが大ヒットし、楽器事業にも参入し、液晶ディスプレイ付きデジカメを発明し、携帯電話にも参入し、それも時代が変われば容赦なく撤退して次のイノベーションを目指すという経営方針で突き進んでいる様子が分かりました。何よりも4兄弟の御本人が記憶を辿って話して下さっているので非常なリアリティのある内容だと思いました。

4人兄弟はそれぞれが得意分野を生かし、互いに尊重して役割分担して事業を育ててきたということです。その中でも天才肌の発明家、次男である樫尾俊雄氏の貢献は大きいなと思いました。俊雄氏の自宅が博物館として公開されていると知り、いつか行ってみたいと思いました。

Screenshot of kashiotoshio.org

この本は、読売新聞の佐々木達也氏がカシオ共同創業者で特別顧問である樫尾幸雄氏から聞き取りして読売新聞朝刊に連載された記事が書籍化されたものです。佐々木氏の問題意識は、21世紀に元気が無くなった日本のものづくり復活への道を探り、日本経済の次の成長へのヒントを得たいということです。樫尾俊雄氏の「発明は必要の母」という逆転の発想がヒントになるかもしれないと思いました。みんながびっくりするような発明から、新しい需要を創出することができるということなんだそうです。

さて、我々自身も、我々の子供世代も、孫世代も、別に数学や物理学の才能があるわけでもなく、資金があって投資するわけでもなく、それでもこういう本を読む意義はどういうところにあるでしょう。それは、やはり、時代がどのように進んで行くのか、その嗅覚を養うということにあると思います。時代に逆行して進むことは大変な苦労を経験することになります。時代に逆らわず、「ああそうなんだ」とすぐに受け入れて抗うことなく進んで行きたいと思うし、子ども達、孫達にもそうして欲しいと思います。

「技術は生鮮食品のようなものである」この幸雄氏の言葉は、シンギュラリティを乗りこえる際にも役立つ羅針盤になると思います。「イノベーションはどんどん更新される」という意味に理解できると思います。残念ながら、21世紀の日本人には、この精神が減退していると認識せざるを得ません。それを確認できるだけでも、この本は素晴らしい本だと思いました。

中央公論新社「電卓四兄弟カシオ「創造」の60年」樫尾幸雄、聞き手佐々木達也


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