鳥獣戯画を観よ

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世界中に分散している鳥獣戯画が全部集まった史上初の展覧会が上野の東博で行われています。世界中を旅して順番に見て回る必要は無いのです。上野に行くだけでよいのです。行ってみてシンギュラリティを乗り越えるために、鳥獣戯画を鑑賞すること(高山寺の明恵上人の足跡を学ぶこと)が必要であると確信致しました。理由を列挙します。

  1. 鳥獣戯画は平安から鎌倉時代にかけて成立しましたが作者不詳です。それでも、高山寺の明恵上人や徳川幕府など、各時代の権力者が価値を認め、アメリカのクリーブランド美術館やホノルル美術館など海外の美術館も収蔵して価値を認めています。素晴らしい想像力の賜物には名前ブランドは不要なのです。実力の世界がやってくる。画力・想像力を体感せよ。
  2. 鳥獣戯画は墨絵で色彩がありませんし、描き込まれておらず線も簡素ですが、勢いのある線で、楽しさを伝えています。墨絵なので一発勝負です。書き直しは許されません。デジタル時代のカットアンドペーストやペイントソフトは使えませんでした。技術・感性を磨くにはデジタルに頼らない決意が大事です。デジタル絶ちせよ。
  3. カエルとウサギの相撲図では、カエルがウサギの耳にかぶりついて倒そうとしています。相手の耳をかじるのですから反則ですね。無我夢中で勝負に打ち込んでいるのです。シンギュラリティを乗り越えたかったら常識は捨てて反則で乗り切らないとダメということですね。
  4. ウサギとサルがシカに乗って競馬競走をしています。シカ競馬というのでしょうか。その図で、サルがウサギの耳を引っ張って勝負に勝とうとしています。これも勿論反則です。楽しそうに必死に反則しています。シンギュラリティを乗り越える時も、楽しそうに必死に反則して乗り切らないとダメなんですね。反則を目撃せよ。
  5. 狩野探幽の模写は少し小さく描かれていて、探幽縮図と呼ばれています。これも一見の価値があります。なんと、本物よりも上手に描けています。しかし、筆の勢いはオリジナルに及びません。オリジナルは想像力と発想力が秀逸なのです。つまり絵の上手さなんてものは、絵の価値のごく一部であって、メインは想像力と発想力と「気分」が大事ということなんですね。鳥獣戯画の「気分」を体感せよ。
  6. 明恵上人の和歌で新勅撰和歌集に選ばれた和歌の掛け軸、夢の世の うつつなりせば いかがせむ さめゆくほどを 待てばこそあれ、は一見の価値があります。夢と現実の区別が曖昧な様を詠んでいます。夢のような現実が次から次へと現れる時代が来るのです。
  7. 明恵上人坐像は一見の価値あり。そこに上人が居るような錯覚に陥ります。亡くなってからこのような坐像が製作されたということは、明恵上人が人々から愛され頼りにされていたことを証明していると感じました。明恵上人を体感せよ。
  8. 明恵上人の意向を反映したとされる、和歌山・浄教寺所蔵の「仏涅槃図」は一見の価値があります。釈迦が亡くなるときの図面です。弟子や動物たちに囲まれて穏やかな表情で涅槃の世界に入っていく様子が描かれています。煩悩を超越せよ。

※参考URL、探幽縮図

https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/573116

※参考書籍

鳥獣戯画のすべて

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