ヒッグス世界観

宇宙に質量を与えた男ピーター・ヒッグス

2012年7月のCERNの発表(7月革命)や、2013年のノーベル物理学賞の話は知っていましたが、ヒッグス粒子が見つかったということが何を意味するのか良く分かっていなかったんですね。でも、この本を読むことで少し印象が変わりました。それは、人類が「真空にも何かがある」と気付いたマイルストーンだったのです。天動説から地動説への転換、電気の発見とか電子の発見の歴史とちょっと似ていますね。

質量機構の歴史

質量を生み出すヒッグス機構の歴史に、超電導が関係しているとは知りませんでした。でも、読み進めると確かにバトンリレーが行われていたのです。

1911年・・・オランダの物理学者ヘイケ・カメルリング・オネスが摂氏マイナス269度まで冷やされた水銀が電気抵抗を失うことを発見した。

1933年・・・ドイツのマイスナーとオクセンフェルトが超伝導体内部の磁束密度がゼロになる完全反磁性を示すマイスナーオクセンフェルト効果を発見。

1950年・・・ソ連のギンツブルクとランダウが一定の温度以下で電子対凝縮が起きることを方程式で示したが、冷戦により欧米諸国には伝わらなかった。

1957年・・・バーディン、クーパー、シュリーファーの3人により超電導体の内部で2個の電子がイオン格子の歪みを打ち消すように引き合う現象、クーパー対が超電導現象を引き起こすことをBCS理論として説明した。BCS理論は、電子(プラス2分の1またはマイナス2分の1)2つ(クーパー対)がスピン0のボース粒子のように振る舞い、ボースアインシュタイン凝縮を起こして縮退しフェルミ準位付近に電子が存在しない超電導ギャップを生じることを指摘した。超電導ギャップに電子が存在しない事から磁場の侵入を防ぐのでマイスナー効果が説明されます。そしてギャップ直下の伝導帯のクーパー対が凝集(増加)して励起状態となります。微視的にみると、一つ目の電子が正イオン格子に近づいて離れる時に失うエネルギーを二つ目の電子が受け取って相殺して、結局エネルギーを失わずに移動できるということです。電子が陽子を引き付け、引き付けられた陽子が別の電子を引き付けるのです。

シュリーファーの講演を聞いていた南部陽一郎が、「彼らが使っている固有関数は異なった荷電を持った状態を重ね合わせたものです。そうするとゲージ不変性は当然破れている理論で、マイスナー効果のような電磁的問題を説明できるというのはおかしいと思いはじめたわけです。(2005年11月京都大学基礎物理学研究所での講演より)」。南部は、BCS理論にゲージ不変性(量子電磁力学QED、一般相対論の要請、エネルギー保存則)を欠いているように見えることに疑問を持ち、解決策を考え始めた。結局2年ほど考えた。

1960年・・・南部陽一郎は、「超電導は対称性が自発的に破れて隠れた状態の一例であること」を見出して論文発表した。超電導が現実世界の出来事である以上、ゲージ不変性は維持されているはずだという信念があった。

1961年・・・ケンブリッジ大学のジェフリー・ゴールドストーンが、不安定な対称性から安定な非対称性への自発的な遷移が起こって元の対称性が隠れると、南部の理論におけるパイ中間子のような質量ゼロの粒子(南部ゴールドストーン粒子)の存在が引き起こされることを説明した。

1964年・・・3月にペンシルバニア大学のベン・リーとクラインが、隠れた対称性と質量ゼロの粒子に矛盾は無いか疑問視する論文を発表。6月にハーバード大学のギルバートがベクトル解析を用いてゴールドストーンの定理と相対論の関係を論じた。これを読んだヒッグスが「質量ゼロの粒子を取り除いた論文」を4日間で書き、7月に論文誌に発送し、9月に掲載された。8月には「光子は望ましからぬゴールドストーン粒子を吸収するという形で質量を獲得しうる」とする第二論文を発送し10月には掲載された。6月には独立した形で、ブラウトとアングレアが質量機構を論じた論文を論文誌に発送し、8月に掲載されていた。グラルニク、ヘイゲン、キッブルの3人も10月に独立論文を論文誌に発送していた。この6名のなかでヒッグス粒子について論じたのはヒッグスの論文だけだった。

1965年・・・ヒッグスはボゾンの特定手段を提示する論文を投稿し、翌1966年5月に出版された。プレプリントがプリンストン高等研究所のフリーマン・ダイソンにも届き、「おかげで長いこと頭を悩まていたいくつかの物事が理解できた」という手紙をヒッグスに送り、プリンストンでの講演を招待した。

1967年・・・ニューヨークのブルックヘブン研究所の学会でヒッグスとワインバーグが議論して質量機構を強い相互作用の理解に応用できないという経験を共有した。ワインバーグはヒッグス機構を用いて弱い相互作用と電磁気力の統合の糸口を掴み「レプトンの1モデル」という論文を発表した。

1971年・・・ユトレヒト大学のトホーフトが博士論文でワインバーグのモデルが繰り込み可能である(無限大を消去できる)ことを証明した。

1976年・・・CERNのエリス、ゲイラード、ナノプロスの3人による論文でヒッグス粒子の存在を確かめる方法を論じた。

1977年・・・フェルミラボのウィルチェックにより陽子どうしが高エネルギーで衝突するとヒッグス粒子が生成し得ることが示された。フェルミラボのベン・リー、クリス・クイッグ、ハンク・サッカーの3人は、ヒッグス粒子の質量が1000GeV(1TeV)以下であると見積もる論文を発表した。それは30年後に125GeVであることが判明した。

真空の相転移

Screenshot of astro-dic.jp

さて、ヒッグス粒子の存在を確かめるということは、ヒッグス場の存在を確かめるということであり、ありとあらゆる物質を取り去った「真空」にも「何かがある」ということを意味します。水が氷から液体になり、水蒸気という気体になるように、また、プラズマに相転移するように、真空(ヒッグス場)も高エネルギーで相転移(対称性の破れ=隠れ)を起こして「泡立ち」、質量を生み出すということが分かりました。宇宙はビッグバンで始まったと予想されてきましたが、ビッグバンの前は「真空」だったということが判明したのです。

そして、このヒッグス粒子の重さ、実験で約125GeVと判明しましたが、この重さが「電子の重さ」を規定し、従って、電子軌道の大きさ、原子の大きさ、弱い力の大きさ=ベータ崩壊の確率・速度をも規定していることが分かったのです。それって、結局、太陽の燃焼速度も規定していることになり、地球に適度な気温をもたらし、我々人類が地球上で生命を営んでいるための必須条件も規定していることになります。世界はヒッグス場に満ちているし、我々の存在もヒッグス場が生み出している、という世界観ですね。

しかし、真空から質量が生まれるというのは、般若心経の「色即是空、空即是色」を思い起こさせる話です。6世紀に成立したとされる般若心経がヒッグス機構を予言していたとも解釈し得る恐ろしい話です。

さらに、ヒッグス世界観は、電磁気力とベータ崩壊を引き起こす弱い力が同じものだということが確認された後の世界観でして、電磁気力と弱い力が分かれる前の電弱時代というものがあったことに人類は気付きました。そこからのアナロジーで、強い力(核力)や重力も統一理論で説明できるんじゃないかという方向性が見えてきました。核力は温度が上がるに従って弱まることが確認されており、電弱力と同レベルになる温度が推定されているのです。重力は我々が住む3次元世界では他の3つの力に比べて極端に弱すぎるのですが、次元を拡張して多次元重力を観念すれば、他の力とスムーズに繋がる可能性が指摘されています。それに、ダークマターやダークエネルギーの説明にもヒッグス機構(電弱統一理論)が役立つのではないかと模索されています。人類は階段を上るように少しずつ自然の摂理を認識しつつあります。改めて、ヒッグス粒子発見の2012年は凄い年だったと再認識させられます。これはやはりシンギュラリティ元年と言って良いでしょう。

シンギュラリティ対策のためには、我々は、常に、「いままで分かっていること」、「まだ分からないこと」を情報アップデートして学び続ける必要があります。ですから高校で習った物理の教科書にヒッグス場が載ってなかったとしても、科学雑誌や新刊本を買ったりして学び続ける必要があるのです。

シンギュラリティ年表

2012年は奇跡の年です。ディープラーニングニューラルネットワークによる画像認識エンジンが画像認識コンテストで初優勝した年であり、キャットペーパー論文が発表され、同時に遺伝子編集のクリスパーキャス9酵素が論文発表され、ビットコイン財団が設立され、ヒッグス粒子が観測され素粒子論の標準模型が完成し、量子コンピューターの部品となる量子もつれの距離143kmの実験が成功した年です。シンギュラリティ革命の萌芽が全て出現し、もの凄い勢いで拡大し始めた年なのです。
シンギュラリティ年号起こった出来事
シンギュラリティ元年(2012年)DNNが画像認識コンテスト優勝。グーグルのキャットペーパー論文発表(教師無し学習だけでコンピューターが猫を認識できた)。音声認識ソフトgoogle now公開(apple siri は2011年公開)。クリスパーキャス9酵素の論文発表。ブロックチェーンを運営するビットコイン財団設立。CERNがヒッグス粒子検出を発表し素粒子論の標準模型が完成、人類は質量機構とヒッグス場を認識した(7月革命)。カナリア諸島で143kmの量子もつれテレポーテーション実験成功。カナダのD-Wave Systems社の量子アニーリングマシンを使ってタンパク質の折り畳み問題が計算された。
シンギュラリティ2年(2013年)カナダバンクーバーのWavesコーヒーショップに世界初のビットコインATMであるRobocoinマシンが稼働開始。NASA,Google,USRA(米国大学宇宙研究協会)が共同で、Quantum Computing AI Lab(量子コンピューターAI研究所)を設立。ミコロフらのword2vec論文が発表され自然言語処理の革命的発展が始まった。
シンギュラリティ3年(2014年)ケビン・エスベルトの遺伝子ドライブ論文発表。クリスパーキャス9を使って、クリスパーキャス9の遺伝子を組み込むことにより、種全体の遺伝子を操作できることが判明した。amazonがスマートスピーカーECHOを発売。米国ローレンスリバモア研究所の慣性核融合実験施設で、吸収エネルギーを核融合放出エネルギーが上回る「自己加熱」達成。
シンギュラリティ4年(2015年)DNNディープニューラルネットを用いた画像認識エンジンが人類のエラー率を下回った。中国で、ヒト生殖細胞の遺伝子編集実験。Google brain が ディープラーニング機械学習ライブラリTensorFlow のソースコードを無料公開。国連総会でSDGs採択。IPFSアルファ版リリース。オープンソース&ライセンスフリーCPUのRISC-V財団設立。OpenAI設立。重力波天体GW150914の初検出により、重力波を用いる天文学、重力波天文学の幕開け。日本の核融合原型炉JA DEMO の設計を行う原型炉設計合同特別チームが結成され、概念設計がスタートした。
シンギュラリティ5年(2016年)クレイグベンターの研究グループが、53万塩基対の人工細胞DNA合成に成功し、JCVI-syn3.0 ミニマルセル(最小細胞)と名付けられた。人工生命体(原核細胞)の誕生である。スイス連邦工科大学のソーラープレーンが世界一周飛行に成功。太陽光エネルギー時代の幕開け。DNNディープニューラルネットを用いたalphagoが世界戦で優勝経験のある韓国のトップ棋士イセドル9段に4勝1敗と勝ち越した。IBMが量子コンピューターのクラウドサービス IBM Quantum Experience を公開。米国NISTがPost-Quantum Cryptographyプロジェクト開始。世界初の量子通信衛星「墨子号」の打ち上げ。
シンギュラリティ6年(2017年)DNNディープニューラルネットを用いた音声認識エンジンが人類のエラー率を下回った。機械学習を用いた囲碁AIソフトalphagoが囲碁チャンピオン中国の柯潔9段に3連勝し、将棋AIソフトponanzaが将棋名人に勝利した。Alibaba子会社Alipayが顔認証決済サービスを開始。Deepl機械翻訳サービス開始。自然言語処理の精度を飛躍的に向上させLLMの起源となったバスワニらのTransformer 論文 Attention is All you need が発表された。
シンギュラリティ7年(2018年)グーグルのBERT、オープンAIのGPTの最初のバージョンがリリースされた。DNNディープニューラルネットを用いた自然言語認識エンジンがwikipedia読解問題で人類の正答率を超えた。LIDARレーザースキャナを搭載した世界初の市販車アウディA8発売。遺伝子編集によりHIV感染しにくくなった赤ちゃんが中国で誕生。米国アリゾナ州フェニックスでwaymoの自動運転タクシー商用運転開始(運転手なし自動運転レベル4)。耐量子暗号LWE方式を提案したOded Regevがゲーデル賞受賞。
シンギュラリティ8年(2019年)グーグルが量子超越性(量子コンピューターが特定課題においてシリコンなどの半導体による古典コンピューターの性能を超えていること)を実証。ビットコインで支払うことができるVISAデビットカードcoinbase cardサービス開始。IBMが量子コンピューターIBM Q System One発売。NII&NTTのエキスパートシステムが2019年大学入試センター試験英語科目で200点満点中185点(偏差値64.1)達成。RISC-V財団が米国の貿易規制から脱出するためにスイスに移転し、RISC-V international に移行した。ドイツのマックスプランク研究所の研究で、170ギガパスカル(約167万気圧)という高圧下で、250ケルビン-23度℃で超電導を示すランタン水素LaH10を発見。
シンギュラリティ9年(2020年)新型コロナウイルス対策として人工合成されたmRNAワクチンが実用化。OpenAIの自然言語モデルGPT-3の人工合成ニュース記事の人間による識別率が52%を記録し識別不能を意味する50%に肉薄した。
シンギュラリティ10年(2021年)braveブラウザ1.19.86がIPFSを初めて標準搭載した。中米エルサルバドルでビットコインが法定通貨になった。IBM Quantum Summit 2021において127量子ビットの量子プロセッサ「Eagle」公開。IBMが2nmプロセス半導体の試験製造に成功。
シンギュラリティ11年(2022年)中央アフリカ共和国でビットコインが法定通貨になった。NIST米国標準技術研究所が耐量子公開鍵暗号の最終候補CRYSTALS-KYBERを発表。米国ローレンスリバモア研究所でレーザー核融合の発生エネルギーが投入エネルギーを初めて超過した。2.05 メガジュール (MJ) のエネルギーを供給することで核融合のしきい値を超え、3.15 MJ の核融合エネルギー出力が得られた。OpenSSH9.0で耐量子暗号NTRUが実装された(capture now,decrypt later対策)。
シンギュラリティ12年(2023年)OpenAIが大規模言語モデルLLMを月額20ドルで使えるChatGPTplusを開始した。Metaが商用利用可能なオープンソースのLLMであるllama2を公開した。岐阜県の核融合科学研究所で中性子を出さないpB11核融合反応実証。中国で20万kWの高温ガス炉実証炉石島湾原子力発電所1号機が商業運転開始。自転によりパルス状の電波を発するパルサーを複数使って(パルサータイミングアレイPTA)、宇宙誕生時の「背景重力波」を初観測。米国セントラスエナジー社が、小型次世代原子炉で使う核燃料「HALEU(高純度低濃縮ウラン)」の製造を開始。
シンギュラリティ13年(2024年)EUROfusionがJET核融合実験炉で69MJの世界記録。Appleがios17.4から耐量子暗号PQ3をiMessageに導入すると発表。旭化成が4インチ窒化アルミニウム(AlN)単結晶基板のサンプル提供開始。ビットコインETFとイーサリアムETF取引開始、証券会社経由で暗号資産に投資できるようになった。

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