シェールガス採掘技術を応用した次世代型の地熱発電技術、すなわちEGS(Enhanced Geothermal Systems:強化地熱システム)は、いまや実用化の段階に突入しつつあります。従来の地熱発電では、自然に存在する高温の地下水や蒸気を直接利用する必要があり、温度と水源の条件を同時に満たす必要があるため、限られた地域でしか開発できないという制約がありました。熱源地を掘削して出てくる水蒸気でタービンを回して発電しますから、油田開発と同じで、出てこなければ失敗なのです。
しかし近年では、地下に高温の岩体があれば、そこに人工的に亀裂を入れ、水を注入して熱水蒸気を作り出し、それを地上で回収してタービンを回すという、新しい地熱利用の形が現実のものとなりつつあります。
従来型地熱発電の実現には、地中深くにある高温帯まで掘削し、そこに十分な水と熱の供給があることが求められます。これには石油・天然ガス採掘と同様、膨大な事前調査と投資が必要であり、かつては経済的な採算性が大きな課題とされてきました。ところが、2005年以降、アメリカで急速に拡大したシェールガス革命により、非在来型資源の開発技術が飛躍的に向上し、それが地熱発電分野にも波及したのです。特に、水圧破砕(フラッキング)と水平掘削を組み合わせることで、従来では考えられなかった地域でもエネルギー資源を取り出すことが可能となり、これがEGSの技術的土台を支えることとなりました。
この技術を応用することで、地下深部の乾燥した岩盤に人工的な透水層を形成し、そこに水を注入することで熱交換が可能になりました。結果として、これまで地熱条件を満たさないとされた地域でも、地熱発電が可能となる道が開かれたのです。地上では、地下から噴き上がってくる高温の水蒸気を使ってタービンを回転させ、電力を生成します。この一連のプロセスが安定的に行えるようになれば、EGSは従来の地熱資源に依存せず、より広い地域で再生可能エネルギーの供給を可能にする、画期的な技術となるでしょう。
では、シェールガス開発とEGS開発の歴史を振り返ってみましょう。
【シェールガスの開発史】
2000年頃:テキサス州バーネット頁岩(Barnett Shale)で、水圧破砕と水平掘削技術の試験が成功し、商業化の兆しが見える。
2005年:米国エネルギー政策法により、水圧破砕の規制が緩和され、シェール資源開発に民間投資が急増。
2008年頃:ペンシルベニア州マルセラス頁岩(Marcellus Shale)での開発が本格化。シェールガス革命(Shale Gas Boom)が始まる。
2010年代前半:米国の天然ガス生産量が急増し、2011年には世界最大のガス生産国に。LNG輸出インフラも整備され始める。
2014年頃:原油価格の下落にもかかわらず、採掘技術の進歩とコスト削減により、一部地域では開発が継続。
(シェールガスの割合)
2000年:約2%
2010年:約23%
2020年:75%以上(EIA推計)
【EGS開発の歴史】
1970年代:アメリカ・ロスアラモス国立研究所がFenton Hillプロジェクトを始動。地下高温岩体に水を注入し、人工的に熱を回収する最初の試みが行われる。
1980年代:Fenton Hillで熱交換ループの構築に成功し、熱水循環の実証に至るが、商業化には至らず。
1990年代:フランスのSoultz-sous-Forêtsプロジェクトなど、欧州各地で深部掘削とEGSの実証研究が進行。EUの資金で国際プロジェクト化。
2000年代:日本(大分県・久住)、ドイツ、オーストラリア(Cooper Basinなど)でも実証研究が行われ、EGS商業化に向けた技術的基盤が構築。
2006年:MITが『The Future of Geothermal Energy』を発表。EGSの技術的・経済的可能性を示す。
2010年代:米国エネルギー省がFORGE(Frontier Observatory for Research in Geothermal Energy)を創設。ユタ州における研究拠点の整備が進む。
2020年代:Fervo EnergyやQuaise Energyなどスタートアップが参入。油田技術の転用によるEGS商用化が加速。2023年にはFORGEでの試験成功が発表。
【バイナリー型発電方式】
EGS発電所は、バイナリー型熱交換器と併用することができます。地熱で温められた水蒸気でタービンを回すのではなく、地熱で冷媒を温めて、その冷媒でタービンを回す2段階の熱交換器を使う発電方式です。ORC(Organic Rankine Cycle:有機ランキンサイクル)とも言います。バイナリー型の熱交換器を用いると100℃未満の熱源からも熱エネルギーを取り出すことができ、発電することができます。
バイナリー型発電所(Binary Cycle Power Plant)は、中低温の地熱(約100〜150℃)を利用して発電する方式で、特に日本のような温泉資源が豊富な地域に適しています。以下に原理・構造・特徴などを整理して説明します。
🔧 バイナリー型発電所のしくみ
🔁 基本原理(有機ランキンサイクル:ORC)
地下から熱水をくみ上げる(例:100~150℃)
熱交換器で有機冷媒(低沸点流体)を加熱・蒸発させる
蒸発した冷媒がタービンを回して発電
使用後の冷媒は冷却器で液体に戻され、再循環される(閉ループ)
地下熱水は冷却後、地下に戻す(リインジェクション)
📌 熱だけを利用し、地熱流体(温泉水など)や蒸気はタービンに直接通さないのがポイント。
🌡 使用する冷媒(作動流体、冷媒名 常圧の沸点、室温冷媒圧力、備考)
R1233zd(E) 18.3℃ 約0.3 MPa(3気圧) 非可燃・低GWP。低圧バイナリー型で使われる。
R245fa 15.3℃ 約0.37 MPa(3.7気圧) 熱安定性高く、地熱バイナリーで一般的
イソペンタン 27.8℃ 約0.2 MPa(2気圧) 低温でも沸騰しやすく、扱いやすい。可燃性。
アンモニア(NH₃) −33.3℃ 約0.9 MPa(9気圧) 圧力は高いが効率も高い。毒性あり。
🏭 発電所の主な構成設備(機器、機能)
地熱井(生産井・還元井) 地熱流体を汲み上げ/戻す
熱交換器(蒸発器) 地熱熱水の熱を冷媒に伝える
タービン・発電機 蒸発した冷媒で回して発電
コンデンサー(冷却器) 蒸気化した冷媒を液体に戻す
ポンプ 冷媒を再び熱交換器へ送る
✅ 特徴と利点(項目、内容)
🔥 低温対応 蒸気発電に使えない100〜150℃の地熱も利用可能
🧖 温泉との共存 地熱流体を再注入するため温泉資源と両立しやすい
♻️ 環境に優しい 冷媒は密閉循環、蒸気や臭気を外に出さない
🏔 小規模に対応 小さな設備でも導入可能(0.1〜10MW)
🔇 静音性 蒸気を放出しないため騒音も抑えやすい
🚫 課題・注意点(課題、内容)
⬇️ 熱効率がやや低い 間接方式のため、一般的に10〜13%程度
🔧 冷媒管理が必要 一部冷媒は可燃性またはGWP(地球温暖化係数)が高い
💰 初期コスト 掘削や熱交換器の設置に一定の投資が必要
※日本での導入例(地名、出力、概要)
北海道・森バイナリー 約2 MW 森町の温泉排熱を活用
北海道・南茅部地熱発電所 6.5MW
メディポリス指宿バイナリー 1.5MW
大分・滝上バイナリー 5.05 MW 富士電機が納入した大型バイナリー
大分・八丁原バイナリー 2MW
鹿児島・山川バイナリー 4.99MW
鹿児島・霧島烏帽子岳バイナリー 4.99MW
📌 まとめ
バイナリー型発電所は、蒸気を直接使わず、低沸点の冷媒を利用して中低温の地熱から電力を得る、環境調和型・地域共存型の地熱発電技術です。EGSと同じで、地熱発電所の立地条件を下げる技術です。
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このように、1970年代から地熱発電の改良は着実に進められてきましたが、2000年代以降のシェール技術の成熟により、EGSの商業化に向けたハードルが一気に低くなりました。これにより、我々のエネルギー供給構造は大きく変わる可能性を持っています。ペロブスカイト太陽光発電や、高温ガス炉や、高速増殖炉や、核融合炉と同じで、これはエネルギー革命の新しい側面です。エネルギーの概念が変わるのです。
エネルギー価格が下がることで、産業全体にコスト圧縮効果が及び、人類がエネルギー獲得に費やしてきた時間と資源の割合が劇的に減少するかもしれません。極論すれば、エネルギーは将来的に「限りなく無料」に近づく可能性さえあるのです。その膨大なエネルギーを活用してAIやハイパフォーマンス・コンピューティングがさらに発展すれば、社会や文明のあり方そのものが変化する――それが、いわゆる「シンギュラリティ革命」なのです。
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