ホモ・デウス上巻

ベストセラー「サピエンス全史」の著者、イスラエルの歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリが描く未来予想図です。はい、こちらもいまベストセラーになっています。文系シンギュラリティ本です。文系ですけど、というか文系だけに、人間社会に対する洞察は考えられないほど深いです。レイ・カーツワイルの理系シンギュラリティ本と似たような切れ味を感じさせる本です。最初の数ページを読んだだけで、「この人は何て頭が良いのだ?」と驚いてしまいます。といいますか、この本に驚ける程には、勉強したり、洞察力・読解力・感受性を鍛えたいものです。自分自身も、子供世代にもです!

ホモ・サピエンスがホモ・デウスという別の人類に駆逐されるというのは、遺伝子編集によってサピエンスが異なる人類、造物主のような神の領域へとアップグレードされることを示唆しています。「デウス」というのは神のことで、「ホモ・デウス」というのは「神になった人類」というような意味です。これは遺伝子編集により人類が種の創造を成し遂げることを意味しています。人類は自分自身の遺伝子を書き換えると予言されています。

管理人の読解を提示します。

第一章「人類が新たに取り組むべきこと」:人類は西暦3000年までに、不死(飢饉、疫病、戦争の対策)、至福(幸福感の操作)に加え、神性までも獲得するだろう。遺伝子を操作して、自分自身を造物主つまり神の領域へとアップグレードするのである。エジプトのファラオ、中世のローマ教会と同様に、この300年世界を支配してきた「人間至上主義」も終わるだろう。ホモ・サピエンスが動物を支配するように、ホモ・デウスが、ホモ・サピエンスを支配することになるのである。

第二章「人新世」:地球史の区分として、この7万年は人類の時代を意味する「人新世」と呼ぶことが適切であろう。動物にも神が宿るというアニミズム信仰は次第に失われた。聖書冒頭創世記、ヘビにそそのかされてエデンの園を追放されたアダムとイブの話は、人類が狩猟採集から農業革命によって農耕社会に移行し、人類が特別な存在であり、アニミズムを放棄すべきことを描いていた。宗教は人類が世界を支配すること、つまり農耕牧畜に根拠を与えた。農業革命は経済革命であると同時に宗教革命でもあった。やがてアイザックニュートンが切り開いた科学革命により、従来の有神論(神話)は放棄され、新たに人間至上主義の宗教が創始された。

第三章「人間の輝き」:人類がこの世界を支配している根拠は「不滅の魂=自己意識」を持っているからではない。様々な動物実験が、動物と人間の意識レベルの違いは相対的なものに過ぎないことを証明している。人類が地球を支配した力の源泉は、無数の見知らぬ相手と非常に柔軟な形で協力できる能力であった。それは、主観でも客観でもない、共同主観的な物語のネットワークを織り上げる能力である。十字軍や、社会主義革命や、人権運動もすべて、この能力によって成し遂げられてきた。今から100年後、民主主義と人権の価値を信じる私たちの気持ちは、私たちの子孫には理解不能に思えることかもしれない。

第四章「物語の語り手」:個々の人間の基本的な能力は石器時代からほとんど変わっていないが、共同主観的な虚構の物語はますます強力になっている。シュメール人が書字と貨幣の両方を発明したときから、人類は、複雑な税制や官僚制を組織したり、巨大な王国を打ち立てることが可能になった。文字は最初、現実を描写するささやかな方法だったが、それはやがて現実を作り変える強力な方法になっていった。21世紀に人類は、これまでのどんな時代にも見られなかったほど強力な虚構と全体主義的な宗教を生み出すだろう。虚構と現実、宗教と科学を区別する能力はますます重要になるだろう。

第五章「科学と宗教というおかしな夫婦」:近代科学の台頭によって人間社会のゲームのルールが変わったが、神話を事実で置き換えたわけではない。科学は神話の力を強めたのだ。宗教の物語は(1)人の命は神聖であるといった倫理的な判断、(2)人の命は受精の瞬間に始まるといった事実に関する言明、(3)倫理と事実の融合により生じる、受精のわずか1日後でさえ妊娠中絶は絶対許すべきではない、といった実際的な指針の3つを含む。宗教は科学を必要とするし、科学も宗教的物語を必要としている。近現代の歴史は、科学と人間至上主義という宗教のあいだの契約を軸に観察するべきだろう。

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なんとも斬新な歴史解釈ですが、おそらく前著「サピエンス全史」からこの解釈は磨かれてきたものなのでしょう。ユダヤ人という立場がこの歴史観を形成することに寄与した可能性があると思いました。キリスト教からのアウトサイダー的な地位が、世界を覆う共同主観の性質についての考察と理解を深めたのでしょう。クリスチャンではない大多数の日本人にとっても同様のアウトサイダー的な理解が可能だと思います。いかなる社会的な制度も、歴史的な虚構物語にすぎないという解釈は、現代の我々が信じている様々な価値観を相対化する契機になりますね。歴史に学べば、いかなる社会的制度も永遠に存続することは絶対にできないことが分かります。

シンギュラリティを乗り越えるためには、従来の価値観を相対化し、新たな価値観を受け入れる必要がありますね。柔軟に、虚心坦懐に、新たな価値観の風向きを読む必要があります。ホリエモンが「サラリーマンは現代の奴隷制度」と言っているのも似たような着眼点かもしれません。これから「何が来るのか」敏感に感じ取る必要があります。

ちなみに、この本の翻訳者柴田裕之さんは我らがヒーロー、ジェレミーリフキンの「限界費用ゼロ社会」の翻訳者でもありますね。他にも沢山の翻訳本があります。明かにこの方はシンギュラリティに対する問題意識や洞察力をお持ちの方です。翻訳だけじゃ勿体ないので、自分自身の意見を著作にまとめて欲しいです。お願いします!

※参照記事

ホモ・デウス下巻


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