菜根譚序文の教え(逐客孤踪し・・)

菜根譚ビギナーズ・クラシックス、湯浅邦弘

処世術を教えてくれる中国古典名著「菜根譚」ですが、著者の洪自誠が友人の于孔兼に依頼して書かれた序文があり、これが本文にも優るとも劣らない刺激的な文章ですので御紹介したいと思います。

※意訳

菜根譚序(さいこんたんじょ)

逐客孤踪(ちくかくこそうし),屏居蓬舎(ほうしゃにへいきょす)。

→客が来たら追い払い、ひとりでよもぎのはっぱで葺いたような粗末な庵に住んでいる。

楽与方以内人遊(ほういないのひととあそぶをたのしみ),不楽与方以外人遊也(ほういがいのひととあそぶをたのしまず)。

→道理の通じる相手と交際し、道理の通じない相手とは交際しない。

妄与二三小子浪跡於雲山変幻之麓也(みだりににさんのしょうしとうんざんへんげんのふもとにろうせきす)。

→数名の若者と共に山奥の桃源郷のようなところをあてもなく歩き回っている。

日与漁父(ひにぎょふ)、田夫朗吟唱和於五湖之浜(でんぷとごこのはま)、緑野之坳(りょくやのおうにろうぎんしょうわし),不日与競刀錐(ひにとうすいをきそい)、栄升闘者交臂抒情於冷熱之場(しょうとうをえいするものと、れいねつのば)、腥膻之窟也(せいせんのくつにこうひじょじょうせざるなり)。

→日々、川漁師や農民と湖の水辺や緑地の窪みで詩吟や歌謡に興じている。わずかな利益を競ったり、出世したり闘争に勝ったりすることを求めるような人物とは、上げ下げの激しい出世競争の場面や、血なまぐさい争いの場面で、うでを組んで交歓するようなことはしない。

間有習濂洛之説者牧之(あひだにれんらくのせつならふものあればこれをやしない),習竺乾之業者辟之(じくけんのぎょうならふものはこれをひらき),為談天彫龍之弁者遠之(たんてんちょうりゅうのべんをなすものはこれをとおざけ),此足以畢予山中会量矣(これによりよがさんちゅうのかいりょうをおわるにたれり)。

→時に周濂渓や洛陽の儒学を学ぶ者があれば指導してやり、天竺の仏教を習う者には教義を明らかにしてやり、天道や龍について大言壮語するような人物は遠ざけている。これが、わたしの山中の隠居生活における交遊や技量の全てである。

適有友人洪自誠者(たまたまゆうじんにこうじせいというものあり),持《菜根譚》示予(さいこんたんをじしてよにしめし),且丐予序(かつよにじょをこう),予始視之耳(よははじめこれをみるのみ)。

→そんな私の友人のひとりに洪自誠という者が居り「菜根譚」を持参して序文を書いてくれと頼んできたが、私は最初これを眺めるだけだった。

既而乇幾上之陳編(すでにきじょうのちんべんをたくし),屏胸中雑慮(きょうちゅうのざつりょをしりぞけ),手読之則覚(てづからこれをよみすなわちさとる)、其譚性命直入玄微(それせいめいをかたればただちにげんびにいり),道人情曲尽厳険(にんじょうのきょくをいえばがんけんをつくす)。

→とうとう机の上の書物を片付け、雑念を取り払って、手に取って読んでみたところすぐに分かった、天命を語れば直ちに老荘思想の神髄に到達し、人情の機微を語れば人生の厳しさを言い尽くしていた。

俯仰天地(てんちをふぎょうし),見胸次之夷猶(きょうしのいゆうをみ),塵芥功名(こうみょうをじんかいとし),知識趣之高遠(しきしゅのこうえんなるをしる)。筆底陶鋳(ひっていとうちゅうし),無非緑樹青山(りょくじゅせいざんあらざるなく),口吻化工(こうふんかこうされ),尽是鳶魚躍(これとびうおおどるをつくす)。

→天地に恥じることなく堂々と過ごし、胸中の穏やかな様子を見ることができ、世間の功名など気にせず、草稿を推敲すると、青々とした見事な樹木が山々に広がっているような美しさであり、天恵によって造られたくちもとから、鳶が空を駆け巡り魚が水中を勇躍するように見事に人生の真実が語り尽くされている。

此其自得何如(これそのじとくいかん),固未能深信(もとよりいまだしんじんあたわず),百拠所擒詞(ひゃくきょとらえるところのことば),悉砭世醒空之吃緊(ことごとくよをいましめくうのきっけんをさまし),非入耳出口之浮華也(にゅうじでぐちのふかにあらざるなり)。

→これは彼が自ら体得した境地なのだろうか(どうやってそのような素晴らしい思想を会得することができたのか)、それは私には未だ得心できないことだが、えらばれたことばによってよくよく分かるように、世の中に戒めを与え空の思想の大事をさとらせるというものであり、耳から口に抜けていくだけの美辞麗句の類いではなかったのである。

譚以「菜根」名(たんはさいこんをもってめいす),固自清苦歴練中来(もとよりせいくれきれんのなかよりきたり),亦自栽培灌溉裏得(またさいばいかんがいのうらにえたり),其顛風波(そのふうはにてんじ),備嘗険陰可想矣(けんいんびしょうをおもふべし)。

→この書物は「菜根」という質素な食べ物によって名付けられている。清貧で鍛錬を重ねた生活の中から生み出されたものである。また、日々の精神修養の中から生み出されたものである。その生み出される過程で、どれほどの風波に耐えたか、また、どれほどの艱難辛苦があったか考えてみると良い。

洪子曰(こうしいわく)「天労我以形(てんわがかたちをもってろうさば),吾逸吾心以補天(われはわがこころをもってほてんをいっす);天厄我以遇(てんわれをやくしてぐうすれば),吾高吾道以通之(われわがみちをもってこれをとおりたかまる)。」其所自警自力者(そのみずからけいしみずからりきするところ),又可思張(またしちょうすべし)。

→洪自誠は言った。「天命により私の肉体が虐げられるのであれば、私は私の精神によって天命を補う。天命により私に災厄が懸かるのであれば、私は我が道を行き更なる高みに到達するのだ。」このような彼の独立独歩の精神に思いを寄せなさい。

由是以数語弁之(これによりすうごをもってこれをべんじ),使公諸葛亮人人知菜根中有真味也(しょかつりょうのひととなりをおおやけにしさいこんのなかにしんみあるをしらしめるなり)。

→そこで私は数語の文章で序文を書いた。諸葛孔明の伝記を書いて知恵を伝えるように、私は人々に菜根譚に真実が含まれていることを伝えたいのである。

此序為洪自誠好友於孔兼所作(このじょはこうじせいのこうゆうのためにこうけんつくるところ)。

→この序文は洪自誠への友情の証として于孔兼が作文した。

於氏明金壇人(うじはめいきんだんのひと),字元時(あざなはげんじ),万歴年間進士(ばんれきねんかんのしんじ),官至礼部儀制郎中(かんはれいぶぎせいはろうちゅうにいたる)。

→わたしの氏は明、(江蘇省)金壇出身で、字は元時といい、万歴時代に進士に合格し、官僚に登用され礼部(文科省のような役所)で役職は郎中であった。

後因直言極諫而遭貶遷(のちにじきげんきょくかんによりぼうせんにあう)。

→その後、皇帝に直接意見したことで左遷された。

晚年自號「三峰主人」(ばんねんみずからさんぽうしゅじんとごうす)。

→年を取って自分で「三峰主人」と名乗りはじめた

罷官田裏後隱居二十年)(ひかんでんりのあとににじゅうねんいんきょす)

→宮仕えをやめてのち20年隠居している

※鑑賞

出だしの4文字「逐客孤踪」にガツンと頭を殴られた気がしました。漢和辞典を開かなくても、「客を駆逐し孤独に失踪している」と意味が分かりました。客を追い払うというのは、「来る者は拒まず去る者は追わず」という現代の一般的な精神を超越しています。でも、完全に孤独という訳でも無く、道理の通じる少数の人物とは交流している様子が書かれており安心しました。いわゆる「君子の交わり」ということでしょうか。

それから、「雲山変幻之麓」という言葉が目に焼き付きました。「山奥の桃源郷のようなところ」と意訳しましたが、隠者の精神の静謐を示した言葉だと思いました。現実世界とは思えないような平穏の境地というようなものかと感じました。

そういえば昔、歌手のスガシカオさんが「曲を作るときは山に籠もる」とインタビューで答えていたのを読んだことがあります。なにか創造的なことをやろうとする時は孤独になる必要があるのかもしれません。誰にも邪魔されず、心を研ぎ澄ませて初めて、真理に到達できるのかも知れません。シンギュラリティ対策を考える場合も、各自それぞれに合った対策をひねり出す必要がありますから、それを山に籠もって編み出すということが必要でしょう。旅行に行くのであれば1泊ではなく2泊、同じ所に連泊する、そういう工夫が必要でしょう。

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