佐藤勝彦、インフレーション宇宙論
物理学者の世界観には驚かされます。シンギュラリティを乗り越えるための思想に成り得ると感じましたので御紹介したいと思います。4次元空間、時間と空間のスケールがとにかく大きいのです。物理学者がひとつひとつ演繹(AならばB、BならばCという風に積み上げていく考え方)していって結論したテーゼの感じ方は、我々一般人が受け止める時の感じ方と違うかもしれません。
例えば太陽の表面温度が6千度と言われた時に、一般人は「なぜそんなことが分かるの?本当かな?」という感想を持ちますが、物理学者ならば太陽光をプリズムに通した時のスペクトル分布を見て、黒体放射のプランクの公式に当てはめて、「ああこれは6千度だよね、本当に!」と感じる訳です。
というわけで驚きの連続になりますが、物理学者の世界観の断片を佐藤勝彦先生の本から箇条書きに御紹介します。管理人の補足も追記します。
- 量子力学のトンネル効果のように、無の状態から宇宙が発生した。エネルギー保存則をトンネル効果のように乗り越えて、宇宙は誕生した。真空でも空間には物質と反物質を対生成し、対消滅させるゆらぎが存在し、生成と消滅を繰り返している。
- 水が、氷から液体そして気体に相転移するように、宇宙も相転移して、4つの力が分離した。10のマイナス44乗秒後、重力が最初に分離して、次に、10のマイナス36乗秒後、核力(強い力)が分離し、最後に、電磁力と弱い力(ベータ崩壊させる力)が分離した。
- 宇宙誕生後、10のマイナス36乗秒後から、指数関数的急膨張=インフレーションが始まり、10のマイナス35乗から34乗秒後までの間に、1ナノメートルほどの宇宙が、100億光年以上になるまで、10の43乗倍ほどに拡大した。
- 宇宙誕生後38万年後に電子と陽子が結合して水素原子が出来た。電磁波が真っすぐ進めるようになり、この光(CMB宇宙マイクロ波背景放射)を全天で観測することができた。この光にはわずかな温度差があり、これがインフレーション時の量子ゆらぎを反映しているものである。CMBゆらぎを見ることは、38万年以前の宇宙を見ることである。
- 宇宙誕生60億年後に、宇宙は再び加速膨張(第二のインフレーション)を始めた。宇宙の大きさは現在420億光年に達している。
- CMBのゆらぎを相対論にあてはめると、宇宙年齢は137億年、バリオン密度(普通の物質)などが分かった。銀河の回転速度などから、普通の物質以外に重力を持つ「ダークマター」があることが分かった。また、宇宙の加速膨張を生み出す謎の斥力(反発力)エネルギーである「ダークエネルギー」が存在することが分かった。全宇宙のエネルギーの割合は、ダークエネルギー73パーセント、ダークマター23パーセント、通常物質4パーセントという割合が判明した。人類は宇宙の4パーセントしか認知できていないことになった。
- 水素ガスが重力で凝縮して、核融合を初めて、核融合の発熱反応が終わる鉄の生成により、燃料が無くなり、重力で爆縮して超新星爆発して、また、水素ガスが凝縮して核融合を始める、この輪廻のプロセスを繰り返して、10の14乗年後には、ヘリウムや水素などの燃料が使い果たされて、核融合しない暗い星しか出来なくなる。太陽と同程度の質量の恒星の寿命は100億年程度とされています。ちなみに太陽は46億年前に出来ました。
- 10の18乗年頃になると、銀河の蒸発が始まる。銀河の中心のブラックホールが、黒体放射のエネルギー損失によりどんどん軽くなり、最後には蒸発して消滅する。10の100乗年頃には、宇宙は、電子、陽電子、光、ニュートリノだけになる。それも、膨張しているので、もの凄く希薄に存在している。
- 宇宙の平坦性は、通常の物質が存在できるように、そして太陽系や、地球や、我々人類が存在できるように、膨張と収縮の丁度良いバランスに設定されている(宇宙の平坦性問題)。重力(ダークマターの量)も、電磁力も、核力(通常物質の量)も、その定数の設定が僅かでもずれていれば、太陽系や、地球や、我々人類は存在し得なかった。定数がわずかでもずれていれば、宇宙全体が1点のブラックホールに収縮するか、限りなく膨張して温度も物質も存在しない宇宙に広がるか、どちらかになっていた。宇宙誕生後のインフレーションや、現在の加速膨張を生み出している第二のインフレーション(ダークエネルギーの量)も、その程度がわずかでもずれていれば人類は存在できなかった。ワインバーグは「われわれは知的生命体が生まれるべき宇宙に住んでいるからそういう値になるのだ」とする人間原理を提唱した。
- インフレーションの強さは様々な値を取る可能性があり、宇宙の特定の場所で異なるインフレーションの強さを生じた場合、親宇宙とは因果の異なる別の宇宙、子宇宙を生じることになる。相対論で親宇宙と子宇宙はワームホールで繋がっていることが予測された(アインシュタイン=ローゼン論文)。それぞれの宇宙が別々のインフレーションを経由してしばらく時間が経つと、やがてワームホールが消失し、親宇宙と子宇宙は因果関係を持たない完全に別々の宇宙になる。子宇宙が更に別の宇宙を生み出すと孫宇宙となり、宇宙が無数に誕生する。ひとつの宇宙、ユニバースではなく、多数の宇宙、マルチバースの世界観が生まれた。
研究すればするほど否定できない仮説
どうでしょう、時間も空間も、あまりにもスケールが大きすぎて、我々人類の営みなんて、なんとちっぽけなものかと嘆息してしまいますね。今まで人類が歩んできた農業革命やら産業革命やらというものは、その時空の営みのほんのちっぽけな一部に過ぎないわけです。だとすれば、個々の人間は、宇宙の歴史や地球の歴史、人類全体の歴史には何も影響できないということになります。人類は、数学と科学を進化させ、観測と計算を発展させ続けてきましたが、発展させればさせるほど、人間原理(宇宙は無数にあるが我々が住んでいる宇宙は人類専用の宇宙である)を否定できなくなってきているのです。
我思う、ゆえに世界はかくの如く存在する。
青木薫、宇宙はなぜこのような宇宙なのか
青木薫さんの「宇宙はなぜこのような宇宙なのか」という本には、人間原理の提唱者であるケンブリッジ大学の物理学者ブランドン・カーターの言葉が紹介されています。
the Universe (and hence the fundamental parameters on which it depends) must be such as to admit the creation of observers within it at some stage. To paraphrase Descartes, ‘cogito ergo mundus talis est’.
『宇宙は(それゆえ宇宙の性質を決めている物理定数は)、ある時点で観測者を創造することを見込むような性質をもっていなければならない。デカルトをもじって言えば、「我思う。ゆえに世界はかくのごとく存在する。」のである。』
今まで人類が自然科学を進化させ続けてきた自然の観察と物理法則の発見という方向性を放棄して、まるで逆回転させるかのような驚くべき大胆な発想です。20世紀後半の物理学者たちは、そうでも考えない限り説明がつかない(理解することができない)観測事実を無数に突き付けられてしまったのです。ダークエネルギーの量が少しでもずれていれば我々の宇宙は存在し得なかったのです。唯一無二の物理法則を発見するという自然科学の方法が、単なる偶然の結果である「我々の宇宙」を調査観測して得られた経験則をそのまま受け入れるという方法に変わらざるを得ないのかもしれないのです。
シンギュラリティ革命における人間原理
悲惨なウクライナ戦争をやっていますが、この帰趨なども、個々の人間がどうにかできるようなものではないのです。シンギュラリティ革命も同じです、水は低きに流れると言いますが、この進行は、誰にも止められないということです。それを物理学を学び宇宙論を学ぶことで、不思議なことですが、理解できます。だから、シンギュラリティを乗り越えるために、宇宙論を学ぶことは意義のあることなのです。
※参考書籍
宇宙が始まる前には何があったのか?
※参考記事
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