市民革命を学べ

司馬遼太郎、明治という国家

過去の革命

シンギュラリティ革命を乗り越えたかったら歴史を学ぶべきです。シンギュラリティ革命だって革命の一種ですから、過去の革命から学ぶことができるのです。産業革命しかり、市民革命しかり、です。人類が狩猟採集から農耕に移行した農業革命だって、ルネッサンスに始まる科学革命だって学ぶべきです。

今回は、明治維新の紹介です。明治維新といえば、「坂の上の雲」司馬遼太郎さんですね。歴史小説なので脚色も入りますが、ドラマ仕立てにすることで理解しやすくなるメリットもあります。歴史資料では不明になっていることもあれこれ想像して描写してくれます。司馬遼太郎さんは相当に明治維新を勉強研究されましたので、その歴史観を知ることは明治維新の理解の一助になるはずです。

泣いて読むルソー民約論

岩波文庫、中江兆民評論集

100分de名著、ルソー社会契約論

司馬遼太郎は、フランス革命も、アメリカ独立戦争も、明治維新も全て「国民国家」を創出させる市民革命であったと述べておられます。ジャン・ジャック・ルソーの「社会契約論」は、アメリカ独立戦争やフランス革命に強い影響を及ぼし、また、日本の自由民権運動にも大きく影響したと言います。

土佐出身の中江兆民がフランスに留学して社会契約論を持ち帰り「民約論」として発表しました。これを読んだ熊本の庄屋の長男である宮崎八郎は感激して「泣いて読む盧騒民約論」という漢詩(七言絶句)を残しました。封建社会から見ると、基本的人権に目覚めた国民国家は眩いばかりの光彩を放って見えたのでしょう。

※参考論文、中江兆民『民約訳解』の歴史的意義について

http://www.zinbun.kyoto-u.ac.jp/~rcmcc/h1-hazama.pdf

宮崎八郎「読民約論」

天下朦朧皆夢魂  天下 朦朧トシテ皆夢魂ナリ
危言独欲貫乾坤  危言 独リ乾坤ヲ貫カント欲ス
誰知凄月悲風底  誰カ知ル 凄月悲風ノ底
泣読盧梭民約論  泣ヒテ読ム 盧梭ノ民約論

※解釈

危言というのは「危ない位に高い言葉、正しい言葉」という意味です。ここでは民約論の理想という意味でしょう。明治維新になって皆浮かれているが、誰も本来の進むべき国民国家が分かっていない。私は心の底で、ひとり深く激しく悲しんでいる。ルソー民約論を読むと泣けてくる。民約論の素晴らしさと、現実とのギャップに泣けてくる。私ひとりだけでも、民権国家を目指して行動するぞ!という決意が読まれています。

もちろん、ルソーの社会契約論は中学とか高校の歴史とか公民の授業で習うわけですが、21世紀のいま改めて読みますと、現代社会の課題解決にも役立つような重要な指針になり得る本だと思い知らされます。「王を倒しても新しい王が出現する」ということです。ルソーの問題意識は21世紀にも全く色あせていません。

泣いて読む限界費用ゼロ社会

ジェレミーリフキン、限界費用ゼロ社会

さて、シンギュラリティ革命です。リフキンさんの限界費用ゼロ社会を読みましょう。それは、所有からアクセスへと導く、シェアリングエコノミーを実現する生産性革命なのです。もう、生産性革命の競争は最終局面に入っているよという話です。知らぬ間にショーが終わっていた。ゲームが変わっていたということなんですね。昔の気持ちで昔のゲームを戦っても、そのゲームは既に「無くなっている」ということになります。得点しても何の意味もないということになります。その時どうすればよいのか、過去の革命に学ぶしかないんですね。過去の革命で敗れた者、成り上がった者は、それぞれどのような経過を辿ったのか、学びなおす必要があります。

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