凄いぞ高山彦九郎

吉村昭、彦九郎山河

司馬遼太郎さんの「世に棲む日日」に出てきた高山彦九郎に興味を持ち調べていたところ、小説家の吉村昭さんが彦九郎を題材にした「彦九郎山河」という歴史小説を書いていたと知り、読んでみました。

おそらく、「彦九郎山河」は「彦九郎の歩いた山河」というような、彦九郎が旅した全国の景色から着想された題名でしょう。あとがきに吉村昭さんの執筆動機が書いてあります。解体新書を翻訳した杉田玄白と前野良澤を題材とした「冬の鷹」という歴史小説を書いた時に関連資料を読んでいたら交遊のあった高山彦九郎が出てきて、膨大な資料を集成した高山彦九郎日記全五巻が出版されていることを知り、これを読んで高山彦九郎の魅力に惹かれ、彼に対する世の誤解を解きたいと思ったというのです。戦前は楠木正成などと共に勤王ヒーローとして持ち上げられ、戦後は狂信的な尊王論者として貶められていることに違和感を持ったそうです。膨大な高山彦九郎日記を読めばもちろん誤解を解くことはできるのでしょうが、吉村昭さんの筆による歴史小説でリアルに彦九郎の人生を知ることができます。読むと、彦九郎は純粋に儒学者であり、言行一致を目指した誠実な人物であり、世の中の矛盾を正したいという正義の人だったと知りました。

江戸時代中期に、江戸の徳川将軍様が一番偉くて、全国各藩の大名が幕府を支え、京都の禁裏や公家は幕藩体制の部品のようなものとして組み込まれてしまっていたのですが、彦九郎は太平記などの歴史書を読むうちに、「現在の社会は間違っている」ということに気づいてしまったのですね。

江戸時代には、何度か尊皇弾圧事件が起こりました。日本史の復習です。

宝暦事件・・・竹内式部(1712-1768)

明和事件・・・山県大弐(1725-1767)

尊号一件・・・高山彦九郎(1747-1793)

時代を疑うということは、次期アメリカ20ドル紙幣の肖像になると言われているハリエット・タブマンにも通じる精神構造だと思いました。世の中のほとんどの人が当然だと思って諦めてしまっていることでも、自分の頭で考えて、「それはおかしいのではないか」と結論し、少しでも良くなるように行動するということなんですね。それは、いわゆる革命思想、過激思想、危険思想なのかもしれません。

21世紀の現代社会では、高山彦九郎の時代よりも、ハリエット・タブマンの時代よりも豊かになり、便利になり、人権保障も進歩しているかのように思われているのですが、それでも、21世紀の我々自身が当たり前と思っている常識を疑って、これを改善するための、思索や勇気は、彦九郎やハリエットの伝記を読むことでエッセンスを貰うことができるかもしれません。ハリエット・タブマンの活動は奴隷解放宣言合衆国憲法修正13条に繋がりましたし、高山彦九郎の尊王思想は一君万民論明治維新の秩禄処分など四民平等政策に繋がっていきました。

「常識を疑え!」ということですね。21世紀の我々にはどのような「見えない頸木」があるでしょうか。

※参考記事

自由への道-ハリエット・タブマンの物語

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。