池田まき子、自由への道-奴隷解放に命をかけた黒人女性ハリエット・タブマンの物語
アメリカの新しい20ドル紙幣の肖像に使われることになった奴隷解放運動家ハリエット・タブマンの物語です。ノンフィクション作家、池田まき子さんの読みやすい記述で小学校高学年から引き込まれるはずです。27歳のとき「地下鉄道」と呼ばれる南部から北部自由州への奴隷逃亡を援助する組織の力を借りて命懸けでメリーランド州からペンシルバニア州フィラデルフィアまで160キロの道のりを一人きりで脱出しました。自由の身になっても地下鉄道の「車掌役」として何度もメリーランド州に往復し120人もの逃亡奴隷の手助けをして、南北戦争ではモントゴメリー大佐の補佐役として諜報部隊を率い、大きな役割を果たしました。奴隷解放宣言、南北戦争終結後も、貧しい黒人の援助や黒人差別の撤廃に向けて働き続けたというのです。晩年には競売で取得した土地を黒人教会に委託して高齢黒人のための施設まで完成させたのです。なんという波瀾万丈に満ちた人生なのでしょう。彼女の活躍を評して「黒人たちのモーゼ」「(南北戦争における)黒人のヒロイン」「マザー・タブマン」などと呼ばれたそうです。ゆとり教育で骨抜きにされた現代の日本のこどもたちに読ませてあげたい!これが人生ですぞ!
この本の最も印象的な部分は、ハリエットが27歳の時、奴隷主ブローダス氏が亡くなった後、25歳の弟ベンジャミンと19歳の弟ヘンリーと3人で一番最初に夜中に逃げ出した時のことです。2、3時間経った頃、弟のベンジャミンが「姉さん、やっぱり、おれはやめる」と言いだし、ヘンリーまで「おれもやめる。やっぱり危険すぎるよ。フィラデルフィアまで行けるわけがない」と言いだして、押し問答の末ハリエットの体を二人の弟が抱えてまで戻ろうとした事件でした。現代の我々から見れば逃げた方が良いに決まっているという当たり前のことでも、当時の人々にとっては難しい事だったのです。奴隷からの逃亡では、自分自身の心が最も困難な障害になるということです。
この本を読んでまず最初に思い出したのが、豊臣秀吉のバテレン追放令です。秀吉はポルトガル人による日本人の奴隷売買に激怒してバテレン追放令を決めたといわれています。以後幕末から明治期に至るまで、日本人の人権感覚は西洋人よりも優れていたと言っても過言では無いでしょう。秀吉は1585年(天正13年)に惣無事令(私戦禁止平和令)も発令しており、天下統一を成し遂げるための「理念の素晴らしさ」というものが支持を集めていたと感じます。武力が強いとか経済力に優れるとかだけではなく、「理念の崇高さ」というものが必要だったのですね。
天正十五年六月十八日付覚(1587年バテレン追放令原文)
大唐、南蛮、高麗江日本仁を売遣侯事曲事、付、日本ニおゐて人の売買停止の事。
三浦小太郎、なぜ秀吉はバテレンを追放したのか
次に思い出したのが、「サラリーマンは現代の奴隷制度である」「終身雇用は現代の奴隷制度」という言葉ですね。現代のサラリーマンも、ハリエットみたいに自由への闘争を頑張って欲しいですね。就活中の学生の皆さんは、就職の内定が「奴隷契約かも知れない」と考え直して欲しいです。
植村邦彦、隠された奴隷制
三戸政和、サラリーマンは300万円で小さな会社を買いなさい
それから思い出したのが、スピルバーグ監督の奴隷船アミスタッド号事件を描いた映画「アミスタッド」です。この奴隷船の描写は一生忘れることができません。まさに百聞は一見にしかずというやつです。単行本もいくつか出ています。
アミスタッド字幕版,amazon prime video
自由をわれらに、アミスタッド号事件
アミスタッド号の反乱
そして、未来のAI支配に立ち向かったサラ・コナーという女性リーダーを描いたジェームズ・キャメロン監督の「ターミネーター」です。AIに支配されたディストピア(ジョージ・オーウェル『1984年』など)においても屈することなく立ち上がった勇気が、ハリエットの勇気と重なるものだと思いました。
ジェームズ・キャメロン監督、ターミネーター
最後に、エティエンヌ・ド・ラ・ボエシの「自発的隷従論」も御紹介致します。
エティエンヌ・ド・ラ・ボエシ、自発的隷従論
これは、なぜ歴史上の圧政が後を絶たないのか、18才の青年が深く考察して書いた論考です。圧政は大衆の自発的隷従に支えられているという過激思想です。隷従をやめれば直ちに圧政は終わるというのです。コロンブスの卵みたいな話です。ボエシはアナーキストか、政権転覆の活動をしていたのでしょうか、と思ったら、ボエシは実生活では超エリートとして、16世紀フランス絶対王政のボルドー高等法院の裁判官として宗教改革の混乱を政権側で鎮めようと尽力していたと言います。人文哲学者モンテーニュの同僚で無二の親友だったそうです。
この本には、ボエシに触発されたシモーヌヴェイユとピエールクラストルの論考も付録されています。ボエシは1548年の塩税一揆から、シモーヌヴェイユは1936年のスターリンによる大粛清から、クラストルは1970年代に南米の先住部族グアヤキ・インディアンを観察した人類学の見地から着想を得た可能性があるようです。監修の西谷修さんは、21世紀の現代日本においてもこの本がきわめて啓発的な意味を有すると書いておられます。
訳者の山上浩嗣氏が1990年代にパリの書店でポケット版が平積みになっているのを手に取ったところから、日本語文庫出版のストーリーが始まりました。様々な出会いや努力が本書に繋がっています。もちろん、全て、ボエシの切れ味鋭い論考の魅力に取りつかれてしまった人々のリレーなのです。そうして、日本でも、フランスみたいに、ポケット版が本屋に並ぶようになったのです。しらなかった、こんな本があったなんて!
自分の頭で考えて、おかしいことはおかしいと判断して、行動によって新しい世界を切り開いて行くハリエットの勇気と知性は、21世紀のシンギュラリティ革命を乗り越える場合にも大きな武器になるでしょう。ハリエットの物語や、奴隷解放の歴史、ありとあらゆる圧政と隷従の論考を学びましょう。21世紀のこどもたちには必修分野だと思います。
※参考記事
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