新しい物語「定常経済」

ハーマン・デイリー、「定常経済」は可能だ!

「新しい物語」は、イスラエルの歴史学者、ユヴァル・ノア・ハラリの最新作「21レッスンズ」で提示された概念です。ITテクノロジー(AI)革命と、バイオテクノロジー(遺伝子編集)革命の「双子の革命」が進展した時代に、人類が依拠すべきイデオロギーのことです。

資本主義の開発が行き着く先まで到達したときに、我々の社会はどんな形を取っているのか、それに対する考察が求められています。

経済成長を伴わない定常経済は、ジョンスチュアートミルやアダムスミスなどの古典派経済学では、成長経済はやがて安定した経済に移行すると考えられ、定常経済が将来の経済の姿であると議論されていましたが、資本主義の開発が進むにつれて忘れ去られていました。

そこにスポットを当てたのが、アメリカの経済学者ハーマン・デイリー教授です。デイリーさんは、GDPに代えて、持続可能経済福祉指標ISEWや、「人の幸福に影響を与える項目」を追加した真の進歩指標GPIを開発し、GDPが増えても、GPIが増えなくなるポイントを発見したのです。それはおよそ、一人当たり年間GDPで2万ドル程度ということです。ちなみに日本は2020年に約4万ドル程と見積もられています。サウジやポルトガルやギリシャが2万ドル程度で、ロシアや中国や世界平均が1万ドル程度です。

そして彼は、持続可能性の三条件を提示していて、定常経済は、これを維持できるような経済になると提言しておられます。

(1)再生可能な資源の持続可能な利用速度は、その資源の再生速度を超えてはならない。漁獲量が維持できないような量を獲ってはならない。

(2)再生不可能な資源の持続可能な利用速度は、再生可能な資源を持続可能なペースで利用することで代用できる速度を超えてはならない。例えば、化石燃料の利用速度は、再生可能エネルギーに全て置き換えることが出来る程度の速度にしなければならない。

(3)汚染物質の持続可能な排出速度は、環境がそうした汚染物質を循環し、吸収し、無害化できる速度を上回ってはならない。例えば、下水処理の量は、水生生態系に影響しない程度に抑制しなければならない。

これはまあ、今現在の人類社会が全然出来ていない条件となっております。例えば原子力発電所から排出される放射性廃棄物などは数万年以上の管理期間が必要とされており、到底持続可能なサイクルとは言えません。

技術開発によりエネルギーや資源の利用効率を改善するだけでは、かえって資源消費量を増大させてしまう危険性があります。これをジェボンズのパラドクスというのだそうです。車の燃費が良くなったら走行距離が増えて逆にガソリン消費量が増えてしまったというような話です。ですから、定常経済では、省エネなどの効率目標だけでなく、持続可能な資源消費速度を意識する必要があるのです。

デイリー教授は、定常経済へ移行するための10の政策を提言しておられます。御紹介致しますので各自考えてみてください。それは経済全体だけではなく、個々人の生活や人生においても役立つ提言かも知れません。

(1)基本的な資源に対して「キャップアンドトレード」の仕組みを設ける。漁獲量の上限を定めるようなことですが、個人の場合は週あたりの労働時間の上限を定めるようなことでしょうか。

(2)環境税を改革する。課税対象を「労働」や「資本」から「資源」と「廃棄物」へと移行させる。

(3)最低所得と最高所得の格差の幅を制限する。相続税の徴収も必要。

(4)就業日・週・年の長さを縛らずに、パートタイムや個人の仕事の選択肢を増やす。定常経済では、全員のフルタイム雇用は難しいため、労働量に柔軟性を持たせる必要がある。

(5)国際貿易を規制し、自由貿易、自由な資本の移動性、グローバル化を制限する。環境コストを内部化していない国際企業の増長を規制する。

(6)WTO・世銀・IMFを降格させ、ケインズの当初の計画のような組織にする。ケインズが考えていたのは、多国間の支払いを決済するための国際清算同盟でした。経常収支のバランスを維持できるようにしなければならない。もともと比較優位論は資本が国際移動しないことを前提に形成されたものだが、現代ではグローバル資本の形成により経常収支の不均衡の源泉となってしまっている。

(7)民間銀行の自己資本比率を100パーセントにする。低い自己資本比率は一種の通貨偽造である。←ちょっとこれは過激な議論ですが、要するに金融取引の過剰な増大を規制するという考え方なのですね。

(8)希少なものを希少でないかのように、希少でないものを希少であるかのように扱うのをやめる。つまり天然資源を無尽蔵に使うのをやめ、知的財産権の過剰な保護をやめる。

(9)人口を安定させ、出生数+移入者数=死亡者数+移出者数となるようにする。

(10)国民勘定を改革してGDPを費用勘定と便益勘定に分ける。限界費用と限界便益を比較できるようにし、経済成長をやめるべきポイントを認識できるようにする。

デイリーさんは、日本社会が人口減少社会に突入しているために、人工物のストックを維持できる条件が整い、定常経済へ移行できる好位置につけているという認識をしめしています。このチャンスを生かしてシンギュラリティを乗り越える未来図を描いて行って欲しいですね。

※参考書籍

広井良典、人口減少社会のデザイン

京都大学の広井良典教授によれば、超長期の世界GDP推移をみると、人類が誕生して狩猟採集期まで、農耕革命後産業革命まで、産業革命後現在まで、3回のGDP伸び率が鈍化している時期を経験しているということです。広井氏は、人類が「成熟した狩猟採集社会」、「成熟した農耕社会」、「成熟した産業化社会」で3度の「定常化」を経験していると分析しています。現在は、人類の3回目の定常化への移行期にあたるというのです。

※参考URL、超長期世界GDP推移

https://delong.typepad.com/print/20061012_LRWGDP.pdf

そして、定常期には「文化的創造性」が開花すると述べておられます。狩猟採集時代の文化の例は「井戸尻考古館」の縄文土器に見ることができますし、農耕成熟期には仏教の「慈悲」やキリスト教の「愛」のような普遍思想が生まれたと言います。そして、現代の定常期にも、「より高次の新たな価値や思想が求められている」と言い、それを「地球倫理」というコンセプトと共に捉えているということです。それは持続可能な福祉社会を目指すもののようです。SDGsの取り組みとも重なる考え方です。21世紀の子供たちは、自分達の進む方向性に持続可能性を加えると良いでしょう。

新しい物語は、定常経済である可能性が高いですね。そうだとすれば、我々は事前に定常経済がどんなものになるのか、予習しておく必要があるでしょう。「もう成長はしない」ということを心底理解する必要があります。

※参考記事

新しい物語


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