新しい物語

「新しい物語」は、イスラエルの歴史学者、ユヴァル・ノア・ハラリの最新作「21レッスンズ-21世紀の人類のための21の思考」で提示された概念です。ITテクノロジー(AI)革命と、バイオテクノロジー(遺伝子編集)革命の「双子の革命」が進展した時代に、人類が依拠すべき意味の大系(イデオロギー)のことです。

第19章「教育」の冒頭に次のような記述があります。

「人類は前代未聞の革命に直面しており、私たちの昔ながらの物語はみな崩れかけ、その代わりとなる新しい物語は、今のところ一つも現れていない。」

この革命後に始まる「新しい物語」の時代を子供たちは生き抜かなければならないのです。

物語の性質は、第20章「意味」で論じられています。管理人の読解を提示致します。

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20、意味
サピエンスは物語を求める動物である。物語があなたを規定し、あなたの人生に意味を与える。輪廻転生、ナショナリズム、共産主義、「何かを残す」、恋愛ロマンスなど、さまざまな物語がある。物語に根拠は不要だし、矛盾していても構わない。虚構の物語=神話を現実として信じ込ませるために儀式と犠牲が必要だ。人は、同時に複数の物語を信じる。我々は、自分の欲望や意志を選択することができない。それに気付けば、自分の意見や感情や欲望に前ほどこだわらなくなれるはずだ。それは単なる生化学的な揺らぎに過ぎないのだ。フェイスブックやインスタグラムは、自由主義者である我々の神話創作の一部を担っている。古代仏教は、自由主義をつきつめて、自由意志のドラマは存在しない、人間の感情にも人生にもまったく意味は無いと宣言した。しかし物語の否定を社会的な活動にするとそれ自体が物語化してしまうので注意が必要だ。政治家が次の4つの言葉「犠牲」、「永遠」、「純粋」、「救済」を使う時には特に注意してほしい。そのようなときには、現実の苦痛に注意を向け、それが何なのかを調べて欲しい。

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例えば江戸時代であれば、徳川幕府を頂点とする封建制の時代ですから、士農工商(長男による家督相続)の身分制度の中で、それぞれの身分に従って求められる技能を習得し、与えられた役目を果たしながら、幸福を目指していくという物語の中で人々は生きていたわけです。

昭和の時代であれば、受験勉強を勝ち抜き、大手企業や官庁に正社員として就職して終身雇用制の中で仕事を頑張って、あるいは資格を取得して技術を磨き、専業主婦と子供を養っていくという物語だったわけです。このような家族像は、「サザエさん」とか「ちびまる子ちゃん」とか「ドラえもん」とか「クレヨンしんちゃん」で描かれていましたね。

このような物語が継続するためには、「封建社会」とか、「右肩上がりの経済成長を担う株式会社」という前提条件が必要だったわけですが、21世紀に入り、生産性革命が進行して、デフレが常態化し、株式会社が利益を上げられなくなってきたという事情が追加されてきたのです。20世紀の物語の前提条件が崩れてしまいました。ゲームチェンジが起きているということですね。

ゲームチェンジ

人類は農業革命、科学革命、産業革命など、大きなテクノロジーの進化がある毎に、物語を更新してきました。次のAI&バイオ革命後にも、必ず、新しい物語が出現することになります。

おそらく、ハラリの次回作は「新しい物語」についての本になるのではないかと予想されます。それが「21Lessons」の中に示唆されています。

「新しい物語」についての議論で注意を要するのは、物語が「○○であって欲しい」という願望の側面と、「○○となるであろう」という予測の側面の2種類があるということです。往々にして、願望がその通りにはならないことが多いですから、その議論が願望なのか予測なのか、切り分けておく必要があります。

管理人が「21Lessons」を読んで感じた「新しい物語」の性質を箇条書きに致しますので各自考えてみて下さい。これを全て満たす物語などあるだろうか、と思われるかもしれませんが、新しい物語は、我々の誰もが未だ見たことがない物語ですから、分からなくて当然なのです。

・気候変動・環境破壊・生態系崩壊などグローバルな問題に対処

・自由主義を改良したものである

・AI&バイオ革命後の世界における人のあり方を示す

・労働の必要が無くなった無用者に幸福を与える

・オフラインのコミュニティを提供する

・瞑想に何らかの位置づけを与える

シンギュラリティ表

産業革命以前、20世紀と21世紀の違い、シンギュラリティの前後でどのように変わるのか、一覧表にしてみました。当然、就職先や投資先は右側の「新体制」に属する企業を目的とすべきでしょう。左側の「旧体制」企業は、少しずつでも右側の方に移行できるように努力し続けなければ生き残れません。
項目中世旧体制新体制
西暦19世紀まで20世紀21世紀
価値の源泉宗教人間中心主義データ主義
政治王権神授説議会制民主制デジタル民主制
経済貨幣経済(金利なし、聖書によるウスラ禁止)
資本主義(金利あり)、成長経済シェアリングエコノミー(金利なし)、定常経済
人口ほぼ一定増加(ベビーブーム)減少(少子高齢化)
物価ほぼ一定上昇(財産の囲い込み)下落(協働型コモンズを無償利用)
通貨政府発行の法定通貨(国際取引は未熟)政府発行の法定通貨(基軸通貨はドル)暗号通貨(主要通貨はビットコイン)
金融小規模融資銀行融資クラウドファンディング
企業特許会社大企業ビジネス株式会社小規模、非営利団体NPOボランティア、ソーシャルビジネス、分散型自律組織DAO(decentralized autonomous organization)
労働奴隷的労働雇用契約の必要あり。正社員パーマネント契約。給与は低いが多数雇用される。必要ないがやるなら単発の仕事(ギグ)。パートタイム業務委託契約。給与は高く小数精鋭。
生産手工業から蒸気機関への移行工場でNC加工家庭で3Dプリンティング
収入自営収入給与、キャピタルゲインベーシックインカム
コンピューター機械式計算機ノイマン型(プログラムで動く)、デジタル古典コンピューターデータ駆動型、ディープラーニング型(NN機械学習で動く)、量子コンピューター
インターネットなしクライアントサーバーモデル(中央集権)、web1.0&2.0ピアツーピアによるブロックチェーン(分散台帳)、web3.0
流通・小売業小規模小売業デパート百貨店、商店街、グローバル化百円ショップ、無人コンビニ自動販売機、ネット通販ロボット配送、ローカル化、eコマース、Qコマース、ダークストア
モノとヒトの関係所有所有アクセス
情報非公開紙媒体を購入インターネットで無償取得
著作権・知的財産権未成熟保護廃止(海賊党運動)
エネルギー木炭、石炭有料の化石燃料を給油無料の太陽光エネルギーを充電
自動車馬車内燃機関エンジンの自動車を購入して人間が運転電気モーターのカーシェアリングをコンピューターが自動運転, MaaS
衣類手工業背広、プレタポルテ(高級既製服)wear something→ユニクロ,ZARA,H&M,Gap
食料自給自足高価(働かざる者くうべからず)安価(限りなくゼロ、無料に近づく)
住居代々相続住宅ローンで新築住宅を購入空き屋に無償で入居
不動産価値の源泉価値の源泉価値無し(VR・AR・デジタルツインへ移行)
ビジネスの主戦場王宮大都市メタバース(ネットワーク上の仮想世界)、リアルサイトは辺境
家族大家族夫婦と子供2人単身世帯
主要団体封建国家国民国家NGO,NPO
必要な勉強技能型、親方に弟子入りする暗記型、教科書を習得する討論型、答えの無い問題を切り拓く
資格・学歴形成期価値があるし必要価値は無く不要(学びは必要)
飲食店・店舗実店舗実店舗、多様性無人コンビニへ集約、ゴーストキッチン、クラウドキッチン
主要議題ルネッサンス開発・発展持続可能性SDGs
世界観神話開発の物語新しい物語

※参考記事

21Lessons 第1部テクノロジー面の難題

21Lessons 第2部政治面の難題

21Lessons 第3部絶望と希望

21Lessons 第4部真実

21Lessons 第5部レジリエンス


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