物理学で「奇跡の年」と言えば1905年の事ですが、シンギュラリティー論においては、2012年が奇跡の年と言えるでしょう。
1905年の復習
まず、1905年を復習してみましょう。スイスのベルン特許局の技師であったアルベルトアインシュタインが、1905年に「光量子仮説」「ブラウン運動の理論」「特殊相対性理論」の3つの論文を発表したのです。光量子仮説は、光の波動性と粒子性を矛盾無く説明して量子力学の礎となり太陽光発電の根拠となりましたし、ブラウン運動を数式化して原子1個の重さの特定に大きく前進しましたし、特殊相対論で時空のゆがみを人類は初めて認識することができたのです。エネルギーと質量の等価性は、原子力発電の根拠となりました。
DNNの衝撃的デビュー
さて、2012年ですが、ILSVRC画像認識コンテストで、カナダのトロント大学のアレックス・クリジェフスキー、イリヤ・スツケヴェル、ジェフリー・ヒントンのチームが、DNN(ディープニューラルネットワーク)を用いた画像認識エンジンで、2位の東大チームに10パーセント近い大差をつけて優勝したことが、ディープラーニングの大きなブレークスルーとなりました。この画像認識率というのは1パーセントだって上げることは大変なことで、2位に10パーセント近い差をつけるということは天と地がひっくり返るような驚天動地の出来事だったのです。そして2015年には、とうとう画像認識のエラー率が人類を凌駕するに至ります。脳(ニューラルネットワーク)に入れる情報を変えれば別の知覚の認識率も人間を超えることができます。音声認識だって、文章理解だって、人類の認識率を超えることができました。それも全て2012年のILSVRCが最初の契機となったのです。
この、記念すべき2012年のILSVRCの日付けは、2012年10月12日です。
※2012年のILSVRC結果ページ
http://image-net.org/challenges/LSVRC/2012/
キャットペーパー論文
2012年はキャットペーパーの年でもあります。2012年6月にグーグルが発表した論文いわゆる「キャットペーパー」では、ニューラルネットワークによる大規模な教師無し学習(16000コアの1000台のPCで3日間)によって、コンピューターが誰からも教えられずに、多数の猫画像を見ただけで、自力で猫を認識できるようになったことが明らかにされています。これは「グーグルの猫」と呼ばれ、ディープラーニングのひとつのマイルストーン(一里塚、通過点)と認識される出来事になりました。教師無し学習で言語や画像認識を習得するというのは人間の赤ちゃんの学習方法と同じことになります。
※グーグル公式ブログより、「グーグルの猫」プレスリリース
https://googleblog.blogspot.jp/2012/06/using-large-scale-brain-simulations-for.html
クリスパーキャス9論文
さらに、遺伝子工学の分野でも、2012年は驚くべき奇跡の年でした。それは、米国サイエンス誌の2012年8月17日号に掲載された論文でした。クリスパーキャス9という制限酵素(遺伝子を切る酵素)を使って、生物の遺伝子をピンポイントで編集できることを最初に報告した論文です。
http://science.sciencemag.org/content/337/6096/816
遺伝子編集が及ぼすインパクトは、種の遺伝子全てを変更できる「遺伝子ドライブ」に繋がっています。これは、遺伝子編集によってクリスパーキャス9の遺伝子を組み込むことによって、遺伝子編集した個体を1つ投入すれば、種の遺伝子全てを変更できる可能性を秘めているということです。天才(シャルパンティエ、ダウドナ)が天才(ケビン・エスベルト)を呼んで、人類に恐るべき道具を与えてしまったのです。
ビットコイン財団設立
※Bitcoin Foundation youtube channel
https://www.youtube.com/user/BitcoinFoundation
2012年は、ビットコイン財団設立の年でもあります。インターネット通信が、クライアントコンピューターがサーバーコンピューターにアクセスする通信方式(静的ページweb1.0、動的ページweb2.0)から、インターネット上の無数のコンピューターがデータを共有し共同してピアツーピア通信してデータを継ぎ足していく「ブロックチェーンweb3.0」にアップグレードされ、その主要ネットワークであるビットコインネットワークを運営する財団が2012年9月に設立されたのです。世界中に分散して存在しているノードコンピューターが全ての取引記録を共有して、衆人環視のもとで共同でデータを更新していきます。サーバーコンピューターのウイルス感染リスクや、管理者による恣意的データ改ざんリスクから解放された方式であり、これは、インターネット通信速度とコンピューター処理速度と記憶装置の容量増加などの性能向上によって実現した21世紀の新しい技術です。ブロックチェーンの堅牢性は、国家や大企業が24時間管理する台帳を超えるのではないかと考える人々が誕生しています。
インターネットの前身ARPANETの最初のリンクが確立したのは、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)とスタンフォード研究所 (SRI) の間で、1969年10月29日22:30のことでした。それから、TCP/IPプロトコル、html言語、名前解決DNS、CGI動的WEBページ、クラウドサービスなどの発明を経て、21世紀にはピアツーピアのインタープラネット、IPFSが産声を上げています。データ通信量は増え続けています。これが我々の生活にどのように影響するか、常に考え続ける必要があります。世代数 | 時期 | 主要概念 | 主要技術 | 主要ソフトウェア、サービス |
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WEB1.0 | 1994年、Netscape Navigatorの初リリース | 画像と文字を含む静的html | TCP/IP, https, html | Netscape Navigator, Windows95(Internet Explorer), yahoo検索 |
WEB2.0 | 2001年、Wikipedia 開設 | 動的ウェブサイト(webアプリ) | CGI, Perl, PHP | WikiWikiWeb, google検索, サーバーSNSのTwitter |
WEB3.0 | 2015年、IPFSアルファ版リリース | ピアツーピアファイル交換システムにより政府や大企業からのネット検閲を排除 | IPFS | ブラウザBrave, 分散SNSのMastodon, 分散検索エンジンPresearch |
量子コンピューター実用化
さらにまた、2012年はヒッグス粒子が発見され、カナダD-wave systems 社の量子コンピューターがタンパク質の折り畳み問題を計算した実用化元年でもあります。このD-wave systems 社の機械は、量子コンピューターと言えるのか数年間議論が続きましたが、現在では「量子現象を利用した量子アニーリングマシンという計算機の一種」という認識が定まりつつあります。
人間社会は、コンピューター工学におけるディープラーニングの発見と、遺伝子工学における遺伝子編集技術の発見と、インターネットにおけるブロックチェーン技術の発明、そして量子コンピューターの実用化によって、大きく変化し始めることになったのです。
画像認識でAIが人類を超えるということは、画像以外の分野でも人類を凌駕できることを意味します。ディープラーニングが存在する前と後では、AI技術は天と地の差がありますし、クリスパーキャス9発見の前と後では、遺伝子工学は天と地の差があります。ブロックチェーンによりデジタルデータの保存性が飛躍的に向上しました。3つのブレークスルーは相互に影響して進歩を加速させるでしょう。
2012年を境に、人間社会は大きく変わり始めました。2012年は一種の特異点、つまりシンギュラリティでした。シンギュラリティは既に到来していたのです。勿論、レイ・カーツワイルが言っているシンギュラリティは、「千ドルで買えるコンピューターが人類全体の能力を超えること」を意味しています。それは2045年に到来すると予測されているのです。
2012年がシンギュラリティ元年だとすれば、2019年は、シンギュラリティ8年ということになります。これからの歴史は、すべてこの2012年からの経過年数によって規定されることになるでしょう。
試みに、シンギュラリティの簡易年表を提示してみましょう。
シンギュラリティ年表
2012年は奇跡の年です。ディープラーニングニューラルネットワークによる画像認識エンジンが画像認識コンテストで初優勝した年であり、キャットペーパー論文が発表され、同時に遺伝子編集のクリスパーキャス9酵素が論文発表され、ビットコイン財団が設立され、ヒッグス粒子が観測され素粒子論の標準模型が完成し、量子コンピューターの部品となる量子もつれの距離143kmの実験が成功した年です。シンギュラリティ革命の萌芽が全て出現し、もの凄い勢いで拡大し始めた年なのです。※参考書籍
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