最初に「ホモ・デウス」を読んで、次にNHKスペシャルの「衝撃の書が語る人類の未来」という番組を拝見して、最後にこちらを読みました。
やっぱり、ユヴァル・ノア・ハラリさん、キレッキレの知性の持ち主です。それは第一章の冒頭部分、「物理学」、「化学」、「生物学」、「歴史学」を繋げて描写した部分にも現れています。ああ!そのように壮大な時間軸を解釈するのですか!この俯瞰力、凄いです。試みに各章の読解を提示してみますので各自書物を手に取って読んでみて下さい。
第1章、唯一生き延びた人類種
7万年前、ホモ・サピエンスが文化を形成し始めてから、「歴史」の道筋が紡がれることになったが、これには3つの重要な革命が記されている。7万年前の認知革命、1万2千年前の農業革命、そして500年前に始まった科学革命である。最後の科学革命は、歴史に終止符を打ち、何か全く異なる展開を引き起こす可能性がある。
ホモ属には、サピエンスの他に、ネアンデルタール人や、シベリアの洞窟で見つかったデニソワ人など、他の近縁種も居たが、現代ではサピエンスだけが生き延びている。これをどう解釈するか、「交雑説」と「交代説」が長年論争してきたが、最新のDNA解析で化石と現代人のDNAを比較することにより、現代人には1〜4パーセントのネアンデルタール人のDNAが引き継がれ、現代のメラネシア人とオーストラリア先住民のDNAのうち最大6パーセントがデニソワ人由来のDNAであると判明した。この事実をどう解釈すればよいのか分からないが、どちらの説も完全に正しいわけではないと判明した。サピエンスだけが生き残ったのは、その比類なき言語能力ではないかと思われる。
第2章、虚構が協力を可能にした
サピエンスは15万年前にはすでに東アフリカに出現していたが、地球上の他の場所に進出して他の人類種を駆逐し始めたのは7万年前のことであった。7万年前から3万年前にかけて、サピエンスは突然、舟やランプや弓矢や針を発明し、芸術作品、宗教や交易、社会的階層化の最初の痕跡を生み出した。
7万年前に「(アダムとイブの)知恵の木の突然変異=認知革命」が起きて、サピエンスの言語は虚構を記述する能力を獲得した。サピエンスは、見知らぬ人同士の協同作業を可能にする有限責任会社=法人を生み出し、遺伝子によって規定された社会性(150固体程度)を大きく超えた組織形成を可能にした。サピエンスは、ゲノム(生物学的特性)を迂回して(超えて)、巨大な組織と巨大な物語を紡ぎ始めた。
第3章、狩猟採集民の豊かな暮らし
サピエンスは1万年前に農耕を始めるまで長い期間、種の全歴史を通じて狩猟採集民として暮らしてきた。その痕跡は、「大食い遺伝子」や「頻繁な不倫」として現代社会に引き継がれている。狩猟採集民の生活がどのようなものであったのか、ほとんど分かっていないが、現代の狩猟採集民の生活を観察することにより推測することはできる。現代の狩猟採集民は、平均すると週に35から45時間しか働かず、現代文明社会の労働者よりも短い時間である。彼らの栄養は多様性に富んでおり、化石を調べると人口の5から8パーセントが60歳を超えていた事が分かる。家畜や人口密集が無かったので感染症も少なかった。これを「原初の豊かな社会」と定義することができる。
第4章、史上最も危険な種
約4万5千年前、サピエンスはアフロ・ユーラシア大陸から、オーストラリアまで移住するという偉業を成し遂げた。それは当地のジャイアントカンガルーやフクロライオンなど大型動物相の絶滅を引き起こした。同様に、シベリアを経由してアラスカからアメリカ大陸にも進出し、マンモスやマストドンやオオナマケモノを絶滅させた。各地にサピエンスが進出した時期と、糞石(糞の化石)の年代測定の相関が動かぬ証拠となり、人類の有罪は決定的となった。サピエンスの狩猟採集民が絶滅の第1波を引き起こし、農耕民の伝播が第2波を引き起こした。現代の我々が引き起こそうとしてる絶滅の第三波は更に壮絶なものとなるだろう。
第5章、農耕がもたらした繁栄と悲劇
紀元前9000年頃、小麦の栽培がゆっくりと始まった。農業革命により、サピエンスは種として多くの食物を手にしたが、個々の固体は、労働時間を増加させられ、農作業によるヘルニアや関節炎に悩まされ、栄養の偏りによる免疫力の低下、集住による感染症のリスクが高まり、部族間の抗争も激化して、貧富の格差も生じ、幸福になったとは言えなかった。農業革命は史上最大の詐欺であったのだ。
1995年トルコ南東部のギョベクリ・テペで彫刻の施された7トンの石柱が出土した。この年代測定と、栽培された小麦のDNA解析により「石柱が農耕に先行していた可能性」が指摘されている。
農業革命は家畜の飼育も可能にし、ヒツジ・ニワトリ・ロバ・ウシなどのDNAを飛躍的に増加させたが、個々の固体にとっては残虐な行為が横行している。サピエンスにとっても家畜にとっても、種のDNAは繁栄したが、個々の固体には悲劇でしかなかったのである。
第6章、神話による社会の拡大
農業革命は、狩猟採集民の縄張りを劇的に縮小させた。そして、時間の概念を拡大させた。農耕に伴う不確実性が、未来に対する不安を増大させ、食糧の余剰を生んだ。集落は拡大の一途をたどり、人々の協力を維持するために、神話による想像上の秩序が発達した。紀元前1776年のハンムラビ法典も、西暦1776年のアメリカ独立宣言も、想像上の秩序に過ぎなかった。宗教や人権やドルや国家などの神話は「物質世界に埋め込まれ」、「私たちの欲望を規定し」、「共同主観的現象」であり、生まれた瞬間から徹底的に教育され続けてきた我々個人には、脱出不能の監獄であるのだ。
第7章、書記体系の発明
社会の拡大は、税金や法律や目録など、膨大な量の情報処理を必要とした。そこで、名も知れぬ古代シュメール人の天才が脳の外で情報を保存して処理するシステム=「書記」を発明した。書記は当初、数値を主として、話し言葉のごく一部を記録できるに過ぎない「不完全な書記体系」であったが、やがて話し言葉の全てを記述しうる「完全な書記体系」に発展した。さらに、話し言葉を越えて、ゼロの概念も含む「数の言語=数式」に発展した。それはやがて、2進法の人工知能を生み出し、サピエンス自身を脅かす存在になりつつある。
第8章、想像上のヒエラルキーと差別
「想像上の秩序」と「書記体系」により、サピエンスは巨大なネットワークを組織することができるようになったが、これは中立的でも公正でも無く、架空のヒエラルキーと不当な差別を生み出した。アメリカ独立宣言は万人の平等を謳っていながら、富める者と貧しい者の不平等には関心が無かった。当時のアメリカ人にとって平等とは富める者と貧しい者に同じ法律が適用されることを意味するに過ぎなかったのである。ヒエラルキーは征服者が被征服者との力関係を固定化させるために利用されることが多かった。それは生物学的に何の根拠も無いにも関わらず、世代を重ねる毎に強固なものとなっていく悪循環の性質を有していた。たいていの社会政治的ヒエラルキーは、論理的基盤や生物学的基盤を欠いており、偶然の出来事を神話で支えて永続させたものにほかならない。歴史を学ぶ重要な理由のひとつは、それを知ることである。
サピエンスの男と女は、生物学的な差異で分けられているが、ほとんどの人間社会で家父長制が布かれ、男女間の格差が大きかった。女性は子供を産み育てるのに必要なエストロゲン(女性ホルモン)を大量に分泌し、テストステロン(男性ホルモン)は男性より少ないが、そのことが社会における支配的地位を占めることに不都合であるかどうかは、全く分からないことだ。それにも関わらず、つい最近まで、そして現在においても、男女の格差が続いていることは不可思議なことである。
第9章、統一へ向かう世界
農業革命以降、サピエンスは神話と虚構によって人工的な本能を生み出し、それが「文化」として発展した。近代政治秩序における自由と平等のように全ての文化は矛盾を抱えており、これを解消しようとして、常に文化は変化していくことになる。その変化の方向性として、多様な文化が統一に向かっている様子が観察される。グローバルな秩序は、普遍的秩序として全世界を支配し始めた。それは、「貨幣」、「帝国」、「普遍的宗教」の秩序である。
第10章、最強の征服者、貨幣
狩猟採集民は物々交換をしており貨幣は無かったが、農業革命後に都市や王国が台頭して輸送インフラが充実すると、専門化が促進され、専門家どうしを結びつける貨幣が使われるようになった。貨幣は当初「大麦貨幣」として本質的価値のあるものが使われたが、やがて、銀やタカラガイの貝殻のように本質的価値を欠くが保存や運搬に便利なものが使われるようになった。紙幣や硬貨を経て、現代社会において貨幣の9割以上は「電子データ」として流通している。貨幣は最も普遍的で最も効率的な相互信頼の制度であり、グローバル経済秩序の協力を可能にするが、同時に名誉や忠誠、道徳性や愛など本来交換できないものの交換を迫るという邪悪な面も持っている。貨幣は文化の統合に大きな役割をはたしているが、それに劣らず極めて重要な武力の役割を無視することはできない。
第11章、グローバル化を進める帝国のビジョン
紀元前200年頃から人類のほとんどは帝国の中で暮らしてきた。帝国とは、「複数民族の支配」と、「変更可能な境界と無尽の欲」を特徴として持つ政治秩序である。ペルシア人は「お前たちを征服するのは、お前たちのためなのだ」と主張した。帝国は、言語、法律、貨幣などの標準化を推進した。それにより被征服者は優れた文化の恩恵を受けるのだと正当化された。
帝国は全て流血と迫害と戦争を通して権力が維持されてきたが、被征服者に民主主義や法制度や近代建築などの文化も継承させた。それは被征服者が20世紀民族主義により独立を果たした後も喜んで使い続けているものだ。帝国の良い面と悪い面は分割することができない。
将来の帝国は、全世界に君臨するグローバル帝国である。地球温暖化など本質的にグローバルな問題が出現したため、国家は急速に独立性を失いつつある。グローバル帝国は後期ローマ帝国に似て、多民族のエリート層に支配され、共通の文化と利益によってまとまりつつある。
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テレビや雑誌などでも時折紹介されている「農業革命は史上最大の詐欺であった」という衝撃的な文言が刻まれた書物です。農業革命は良いことだと思い込んで居ましたので、逆の視点を提供されて驚きました。確かに、穀物栽培の発明により人類の栄養は偏り始め、生活習慣病のリスクが高まり、免疫力も低下してしまったのかも知れません。
また、「ホモ・サピエンスも動物の一つの科に属している。このごく当然の事実はかつて、歴史上最も厳重に守られていた部類の秘密だった。」というのも驚くべき慧眼です。
どうでしょうか。進化生物学では、生物種が持つ遺伝子以外の文化要素のことを「ミーム」と呼ぶそうですが、歴史というのはミームの歴史なんですね。遺伝子はなかなか変わりませんが、ミームはどんどん変わります。
第11章なんかは、韓国のエリート層に読んで貰いたい内容です。日韓併合の良い点と悪い点は分割不可能ということです。歴史を巻き戻すことはできません。良いことも悪いこともあったが、今は、その教訓をグローバル帝国に生かしていくべき時代なんだと思いました。
管理人としては「神話は欲望を規定する」という部分が最も驚きました。我々が自然に感じている欲望(やりたいこと、欲しいもの)が、遺伝子には何の根拠も持たない、神話的なものであったとは驚きです。確かに、美男美女の定義も時代によって変遷すると言いますし、洋服や食べ物の好みや、好ましい建造物、富の象徴、スポーツ、趣味、なんでも時代によって変遷していきます。我々は自分自身の欲望に対しても疑念の目を向けるべきなのかも知れません。シンギュラリティを乗り越えるために、この視点が必要になるかも知れないなと思いました。
※参考記事
サピエンス全史、下巻
※参考書籍
タカラガイ・ブック
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