サピエンス全史、下巻

最初に「ホモ・デウス」を読んで、次にNHKスペシャルの「衝撃の書が語る人類の未来」という番組を拝見して、最後にこちらを読みました。

https://www.nhk.or.jp/docudocu/program/2443/3115510/index.html

やっぱり、ユヴァル・ノア・ハラリさん、キレッキレの知性の持ち主です。それは第一章の冒頭部分、「物理学」、「化学」、「生物学」、「歴史学」を繋げて描写した部分にも現れています。ああ!そのように壮大な時間軸を解釈するのですか!この俯瞰力、凄いです。試みに各章の読解を提示してみますので各自書物を手に取って読んでみて下さい。

第12章、宗教という超人間的秩序

農業革命には宗教革命が伴っていたようだ。狩猟採集民は地元の精霊を信奉するアニミズム体系に従っていたが、農業革命を経て社会の拡大に伴い、社会を安定化させる必要性が増し、多神教の宗教が出現した。宗教とは、超人間的な秩序の信奉に基づく、人間の規範と価値観の制度と定義される。

やがて多神教の信者の一部は「宇宙の至高の神的存在」である一神教を生み出した。最初は古代エジプトで、次にイスラエルでキリスト教が誕生し、更にアラビア半島でイスラム教が生まれた。一神教は、他の信仰を認めない傾向があり、それどころか、サン・バルテルミの虐殺のように一神教内部のわずかな教義の違いで大虐殺を引き起こすことすらあった。

多神教と一神教の他にも、仏教やジャイナ教など「自然の法則」を信奉し学ぼうとする宗教が生まれた。アニミズムや多神教や一神教に自然法則など、様々な教義を組み合わせて同時に信奉する「混合主義」も勢いを増している。それこそが唯一の偉大な世界的宗教なのかもしれない。

過去300年間に人間を崇拝する新宗教が出現し隆盛を極めている。それは「自由主義的な人間至上主義」、「社会主義的な人間至上主義」、「進化論的な人間至上主義」に分類することができる。それぞれ、資本主義、共産主義、ナチズムという具体例を持つ。21世紀に入りサピエンスを「アップグレード」しようとする進化論的な人間至上主義が復活する兆しがある。

第13章、歴史の必然と謎めいた選択

交易と帝国と普遍的宗教のおかげで、様々な歴史の分岐点における選択を重ね、すべてのサピエンスは今日のグローバルな世界に到達した。この拡大と統一の流れは歴史の必然の結果だと思われる。しかし、その最終産物の内容が今日の状況とは異なっていた可能性も十分想定できる。物理学や経済学とは違い、歴史は正確な予想をするための手段ではない。歴史を研究するのは、未来を知るためではなく、視野を拡げ、現在の私たちの状況は自然なものでも必然的なものでもなく、従って私たちの前には、想像しているよりもずっと多くの可能性があることを理解するためである。

文化は一種の精神的感染症あるいは寄生体で、人間は図らずもその宿主になっているだけだと見る学者が増えている。これを文化的情報単位ミームの複製であると見るミーム学や、ポストモダニズム、ゲーム理論なども、文化の変遷を解釈分析しようとしているが、いずれも個々のサピエンスの幸福とは無関係なものであるという結論は同じだ。その意味で、1500年頃に起きた科学革命とよばれる歴史の選択も謎めいた動きであったと言わざるを得ない。

第14章、無知の発見と近代科学の成立

コロンブスが1500年ころ、スペイン王室の支援を取り付けて、大西洋航路を発見するためにスペインの港を出港してから500年の間に、私たちの人口は14倍、生産量は240倍、エネルギー消費量は115倍に増えた。サピエンスは核爆弾により歴史に終止符を打てる力も手にしたし、月面着陸も成し遂げた。このような驚くべき発展は、研究が力を生み、力が資源を生み、資源が研究を生むという科学革命のフィードバックループによって実現された。近代科学は、「進んで無知を認める意思」、「観察と数学の中心性」、「新しい力の獲得」において従来の知識の伝統とは異なっていた。人々は神学よりも、数学、統計学を信奉し、知識を応用することであらゆる問題を克服できるのではないか、進歩できるのではないかと思うようになり、あらゆる方面からの莫大な資金提供が始まった。

第15章、科学と帝国の融合

ヨーロッパで生まれた科学革命による、テクノロジーの果実は最初ちいさなものであったが、近代科学と近代資本主義と結びつくことにより、地球上の他の地域に優る発展を遂げた。

テクノロジーはヨーロッパの帝国主義と絆を結び、世界に拡大していった。無知を認める科学的態度により、空白の世界地図が製作され、これに「探険と征服」の遠征が続いた。世界各地の先住民にとって、機関銃を持ったヨーロッパ人は、まるで宇宙からの侵略者であった。アステカ帝国、インカ帝国、オーストラリア、ニュージーランド、タスマニアの先住民が大虐殺された。科学は帝国主義に、イデオロギー上の根拠も与えた。未開人に文明の知識を教える「白人の責務」を果たせというスローガンが生まれた。こうして迫害や搾取が促進された。

第16章、拡大するパイという資本主義のマジック

帝国の建設にも、科学の推進にも、お金が必要だった。経済の近代史は、たった一言「成長」という一語に要約される。歴史の大半を通じて、経済はゼロサムゲームであり、一人当たり生産量はほとんど変化しなかったが、科学革命が「進歩」という考え方を登場させ、グローバルなパイ全体が拡大可能であることを示した。アダムスミスの国富論は、利益を再投資せよという声明書だった。

コロンブスは各国王室に働きかけて大西洋航路探索の資金を投資させ、アメリカ大陸から、金銀鉱山やサトウキビやタバコのプランテーションから莫大な利益を上げた。西欧諸国の植民地支配は、株式会社を通じて推進され、開発会社や奴隷貿易会社が各国株式市場に上場され、普通の中産階級が出資した。フランスのミシシッピ会社は20倍以上の高騰を経て暴落し、フランス革命の遠因となった。自由貿易の名の下にアヘン戦争が遂行され、コンゴでは人口の2割である600万人がベルギー人の搾取虐殺により命を落とした。ベンガル大飢饉では人口の3分の1である1000万人が死亡した。20世紀になっても労働者への搾取は続いた。農業革命同様、近代経済の成長も大がかりな詐欺だったということになりかねない。

第17章、産業の推進力

西暦1700年頃イギリスの炭鉱で坑道の水を汲み出すために蒸気機関が発明された。これを、織機に接続したり、鉄道を造ったり、無限に応用できることが発見された。これが産業革命である。熱を運動に変換する発想は、原子力発電所や内燃機関を生み出した。

産業革命は、第二次農業革命であった。トラクターや人工肥料や業務用殺虫剤や合成ホルモンにより、農地も動物も生産性が大幅に上がった。奴隷貿易と同様、動物の苦痛は無視された。大量に生産された食品や製品は、大量に消費された。資本主義と消費主義は表裏一体であった。それは、信奉者が求められたことを実際にやっている史上最初の宗教である。

第18章、国家と市場経済がもたらした世界平和

産業革命は、家族と地域コミュニティを崩壊させ、国家と市場経済が個人主義を推進させ、国民意識という想像上のコミュニティを与えた。

核兵器による大量虐殺の脅威は平和主義を促進し、交易が促進された。交易の促進は平和の利益と戦争の代償を増大させ、ますます戦争の歯止めを生み出す。しかし、もはや戦争が無いとは言い切れない。人類は常に天国と地獄の両方の入口に立ち、落ち着き無く双方を行き来しているだけである。

第19章、文明は人間を幸福にしたのか

人類は幸福度を増してきたという進歩主義的な見方には疑念がある。幼児死亡率の低下や物質的豊かさによって幸福になったと断定することはできない。幸福度を測るのに被験者に聞き取り調査する方法があるが、家族やコミュニティが幸福度に大きく影響することが判明した。この調査によると、過去2世紀の物質面の状況改善は、家族やコミュニティの崩壊によって相殺された可能性がある。

生化学は、我々の幸福感がセロトニンやドーパミンやオキシトシンの濃度で決まることを発見し、それを操作する試みも始まったが、多くの宗教者や哲学者は感情は当てにならないと考えている。仏教では、苦しみの源泉は束の間の感情を求め続けることにあると教えている。この教えによれば、幸福は外的要因(物質)でも内的要因(感情)も関係ないことになる。歴史学者は幸福度の観点から歴史を考察する試みを始めた。

第20章、超ホモ・サピエンスの時代へ

サピエンスはとうとう遺伝子操作の能力を手に入れ、自然選択の対象から、知的操作の主体になりつつある。それは家畜の選抜育種から始まり、DNAの操作に至っている。遺伝子工学により、線虫の平均寿命を6倍にすることもできた。マンモスやネアンデルタール人を復活させる試みも続いている。サイボーグ工学は、ヒトの神経細胞と電子回路を接続させる技術を進化させ、人工網膜やバイオニック・アームも試作されている。

遺伝子工学によりサピエンス自身の遺伝子を操作して、サピエンスではない支配者を生み出す可能性が高い。その特異点(シンギュラリティ)は近づいている。サピエンスは、自分達がどのようにしたいのか分からずに特異点に向けて突き進んでいる。

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12章は続編の「ホモ・デウス」の問題意識が少し出てきます。

地域コミュニティの代わりに提供された国民主義というところは、最近のニュースで使われる「ネット民」という言葉を想起させます。フェイスブックなどSNSの「いいね!」も現代のコミュニティのひとつかもしれません。

14から16章でコロンブスが科学革命の扉を開いた様が描かれています。確かにコロンブスは小学校の歴史の授業でも習いましたが、科学の発展に関係していたとは思いませんでした。パトロンを探して探求して、実利のある成果をパトロンに還元するという行為が、それほど大きな意味を持つとは、コロンブス自身が分かってなかったでしょう。

19章は幸福とは何かを歴史的に考えます。まるで哲学書の様です。でも、歴史を理解するには、人々の幸福についても考察することが必要だと考えているんですね。

20章は続編「ホモ・デウス」の問題意識が語られています。人類がこれから別のステージに行くことは間違いないのだが、それがどのようなものになるのか皆目分からないし、人類が自分達自身どのようにしたいのかも明確になっていない。それは極めて危険なことではないかと警告を述べておられます。

本当に21世紀の中頃の10年とか20年とかで起こる変化の大きさは驚くべきものになると感じさせられます。過去の歴史を振り返って見れば変化の速度が上がっていると認識せざるを得ません。しかも、その変化には、個々人の幸福という視点が欠けているというのです。将来、グローバル帝国から何らかの要求が来た時に、言われたとおり受け入れるべきかどうか、考えた方が良いかもしれないよと言っているのです。21世紀の子どもたちは、このことを良く考えて歩んで行く必要があります。

※参考書籍(著者の続編)

 ホモ・デウス(上巻)

ホモ・デウス(下巻)

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