会社の歴史はバブルの歴史

水野和夫さんの「株式会社の終焉」を読んだら、株式会社の歴史が詳説されており大変勉強になりました。株式会社の歴史はバブルの歴史でもあると理解しました。経済学部とか経営学部とかで「経営史」「経済史」の授業を取った人でない限り、なかなか勉強できない分野かなとおもいましたので、ポイントを御紹介したいと思います。

法人の起源・・・古代ローマの「一つの目的をもった共同体」という意味のラテン語で、ウニベルシタス。これはユニバーシティー(総合大学)の語源となりました。6世紀にローマ法大全の中で法制化されていますが、法人は16世紀頃まで商業目的で用いられることはありませんでした。

株式会社の起源・・・西暦1555年にイギリスでイングランド女王メアリ1世の勅許で設立された最初の株式会社が、モスクワ会社です。モスクワ大公国との交易独占を許可された特許会社ですが、「有限責任」「自由市場で売買可能な株式」という2つの特性を備えていました。1600年に設立された東インド会社にも同じ仕組みが踏襲されていきます。

バブルの起源・・・1637年のチューリップバブル、1720年の南海泡沫事件ミシシッピバブルが、3大バブル事件と呼ばれます。

1637年オランダのチューリップバブルでは、交易によってオスマントルコからもたらされたチューリップの球根価格が高騰し、熟練した職人の年収の10倍以上の価格で販売されるチューリップ球根も存在していたということです。熟練職人の年収が分かりませんが、現代日本で考えて、例えば年収500万円とすると、球根1個が5000万円ということになり途方もないバブルだったということになります。1602年に設立されたオランダ東インド会社が、バブル形成に大きな役割を果たしていました。

1720年の南海泡沫事件は、1711年に南アメリカとイギリスとの交易(アフリカ奴隷貿易を含む)を目的として英国王の勅許を受けて設立された南海会社の株式が高騰したバブルでした。当時スペイン継承戦争の戦費などで困窮していた英国財政を立て直すために、国債を南海会社株に転換させる措置が採られました。南海会社は、奴隷貿易や富くじ事業などで一定の収益を上げていましたが、勅許を得て国債を買い取るのと引き換えに大幅に発行可能株式数を増加させました。南海会社が時価で新株を発行すると払込金が収益となり、株価が上昇し、その上昇した株価で新株を発行すると、更に会社収益が増加するという仕組みでバブルが増大しました。

国債と南海会社株を交換すると額面と時価の差額分の発行可能株式数が増える

南海会社は時価で新株を発行する

↓             ↑

会社収益が増加して株価が上昇する

1株あたりの価格は1720年1月には100ポンド強であったものが5月には700ポンドになり、6月24日には最高値1050ポンドをつけたということです。

現在のような、PBRとかPERという指標が整備されていなかったために起こってしまった現象です。現代の投資家は新株発行は「株主価値の希薄化」であると認識していますので、新株を従来時価のまま引き受けるということはありませんが、当時の投資家には理解できませんでした。それでネズミ講のような形で限界まで突っ走ってしまったのでした。当時は株式会社が特許会社でしたから、発行可能株式数も勅許で制限されており、株式の希少価値が大きかったことも原因のひとつでした。

1720年フランスのミシシッピバブルは、スコットランドの実業家ジョン・ローが、当時フランスが入植していた北米ミシシッピ側流域の開発権を持つミシシッピ会社を取得し、紙幣発行権を持つ王立銀行の経営権も取得して、新株発行と株式購入資金の融資を同時に行い、ミシシッピ会社の株価が暴騰した事件でした。ミシシッピ会社株に対しての熱狂的な投機買いが起こり、株価は500リーブルから1万リーブルまで高騰しました。このケースでも政府債務の株式転換が行われ、マネーサプライが増大してバブルを招きました。フランスから見て遠方のアメリカ大陸のミシシッピ川流域の開発事業がどのように利益を生むのか、フランス市民には分かりにくかったこともバブルの原因となりました。

訳の分からない事業に対する投資という意味では、2001年に最大時価総額5兆円から倒産したエンロン事件を彷彿させる事件でした。エンロンは総合エネルギー企業でしたが、事業の詳細は社員ですら把握し切れていなかったということです。21世紀のAI投資においても同様の危険があると思いました。

※参考記事

内部告発エンロン


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