「夜と霧」を読んで技術的失業に備えよ

ヴィクトール・フランクル、池田香代子訳、夜と霧(心理学者、強制収容所を体験する)

恥ずかしながら読んだことが無かったんです「夜と霧」、アウシュビッツ強制収容所から生還した精神科脳外科医で心理学者の収容所体験の心理分析です。管理人も小中学生の頃、課題図書「アンネの日記」は読みましたが、今から思えば中学生以上はこちらを読むべきですし、アンネの日記は読まなくても、こちらは必修書籍だと思います。20世紀の世代はある程度予備知識もありますし著者もそれを前提に書いている部分があるのですが、21世紀の子供達は少し予習が必要かもしれません。何をどう予習すればよいのか分かりませんが、いきなり読んでも意味が分からない可能性が高いのです。ホロコースト映画を何作か観てみると良いかもしれません。この本は、中学生以上でホロコーストの予習をしてから読むべき本です。

※アマゾンプライムビデオ「ホロコースト」映画リスト

フランクルによると、強制収容所に入れられた被収容者は、いつ解放されるか分からない、それが無期限に続くという意味で、精神的に「無期限の暫定的存在」に置かれると言います。内的なよりどころを持たない、精神的に脆弱な者では、精神的な崩壊現象が始まってしまうのだそうです。フランクルによれば失業者にも似たような精神状態がみられるということです。

だとすれば、強制収容所における被収容者の精神状態を学べば、シンギュラリティ時代の技術的失業にも備えることができるかもしれません。勤務先の個別事情による失業や、個人的な事情による失業、経済循環の中における不況期の失業と、シンギュラリティ革命による技術的失業は根本的に性質が異なります。普通の失業であれば、転職先を見つけることができますし、不景気の失業であっても数年以内に好況期が戻ってくるのですからそれまで耐え忍べば再度就職することができます。しかし、シンギュラリティ革命による技術的失業は、脳のニューロン作用をデジタルコンピューターの機械学習が全て置き換えることが可能になることによる失業ですから、「他の会社」や「他の業界」というものは存在しないのです。仕事から、ボランティア活動やサークル活動へと転換されてきます。

フランクルは、被収容者の精神状況は、例えば隔離された結核療養所患者の「未来を失った」精神状況にも通ずるものがあると言います。それはトーマス・マンの小説「魔の山」に描写されているということです。日本人だったら堀辰雄の「風立ちぬ」でしょうか。フランクルの「夜と霧」にもいくつか文学的な場面描写がありました。夕日に染まった幻想的な雲を見て仲間が「世界はどうしてこんなに美しいんだ!」と言った場面や、解放から数日後に花の咲き乱れる野原をひとり歩き見渡す限り人っ子ひとりいないところで立ち止まりがっくりひざまづくいた時、「あなたはふたたび人間になったのだ。」と実感した場面です。「医師、魂を教導する」の場面も感動的です。これらはとてもドラマチックな場面ですので是非読んでみてください。これはまさに一世一代の私小説というやつです。実際の体験なので迫力があるのですね。

さて、絶望的な状況に置かれた場合に大切な態度をフランクルから学びましょう。1944年のクリスマスから1945年の新年にかけて解放されるのではないかと期待した被収容者の希望が打ち砕かれ、落胆した被収容者が多数死亡したということです。生きる希望を失い「生きていることにもうなんにも期待がもてない」と感じてしまえば精神的にも肉体的にも死んでしまうというのです。それを回避するために、フランクルは言っています。

ーーー引用開始

ここで必要なのは、生きる意味についての問いを百八十度方向転換することだ。わたしたちが生きることからなにを期待するかではなく、むしろひたすら、生きることがわたしたちからなにを期待しているかが問題なのだ、ということを学び、絶望している人間に伝えねばならない。哲学用語を使えば、コペルニクス的転回が必要なのであり、もういいかげん、生きることの意味を問うことをやめ、わたしたち自身が問いの前に立っていることを思い知るべきなのだ。

ーーー引用おわり

主客逆転の発想、ちょっと東洋哲学、仏教思想の世界に入っているような境地で驚きます。まるで禅宗で何年も修行した禅僧のような考え方です。一神教キリスト教の世界で生まれ育ったフランクルがこの考えに到達するのはどれほどの体験があったのか驚くしかありません。

この本は、初版翻訳者霜山徳爾氏と新版翻訳者池田香代子氏の全身全霊の仕事でもあります。それぞれ訳者あとがきに経緯が記されているので是非読んでみてください。お二人もフランクルに触発され、彼の「生きる意味」を実践しておられるような活動だと思いました。

※参考記事

アイデンティティ危機

 


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