AI世界秩序(前半)

カイフー・リー、AI世界秩序

これは、台湾出身のカーネギーメロン大学のAI研究者で、マイクロソフトリサーチアジア(MRSA)を設立し、グーグルチャイナの初代社長で、ベンチャーキャピタリストでもある李開復(リーカイフー)氏のAI情勢分析と未来への提言書です。MRSAってILSVRC画像認識コンテスト2015で優勝した凄い研究所ですよね。我々日本人は、往々にしてアメリカ経由のシリコンバレーの論調に流されやすいものですが、中国側の知見を得られる貴重な本です。また、実際にディープラーニングを動かしている人の見解なので将来予測についても説得力があります。そして、最後の2章は人生観世界観を論じたもので、それまでのAI分析とは一線を画す内容であり、「2冊の本がひとつになっている」感覚を与えるものでした。まず前半の5章、管理人の読解を示しますので是非各自読んでみてください。21世紀の必修書籍だと思います。


第1章、中国のスプートニク的瞬間

2017年5月、囲碁の世界チャンピオン柯潔コジェが、グーグル子会社のdeepmind が開発したAlphaGoに3連敗した時、中国の北京の人々に大きな目標と刺激を与えた。それは、1957年10月のソビエト連邦による世界初の人工衛星スプートニクの成功を見たアメリカ人の衝撃と似たものであった。中国政府は2か月もしないうちに「次世代人口知能発展計画」を発表した。ジェフリーヒントンがニューラルネットワークを改良したディープラーニング技術が2012年に国際画像認識コンテストで優勝していたが、ついに、その重大性に中国人も気づいたのだ。ディープラーニング技術は実用化の時代に突入しており、機械学習に読み込ませるデータ量が重要となるが、その時代に人口大国中国が頭角を現しつつある。

第2章、模倣者たちの大競争

王興ワンシンは「クローンメーカー」と呼ばれたパクリ起業家である。2003年、2005年、2007年、2010年にアメリカで最も流行したスタートアップをパクッて中国版を作った。ワンシンの共同購入サイト「メイトゥアン」は時価総額300億ドルの世界的企業に成長した。それは中国内での想像を絶する命がけの剣闘士闘争の成果であった。彼らは互いに新商品をコピーし合い、価格をぎりぎりまで落とし、中傷キャンペーンをし、競合製品をアンインストールさせ、ライバル会社のCEOを警察に通報することまでした。文化大革命を経て蓄積されてきた欠乏感が大きな原動力になっている。

第3章、中国のインターネット並行宇宙

中国のシリコンバレーと言われた中関村科技園区の責任者であった郭洪グォホンは、著者のVCシノベーションのオフィスを訪問し、スタートアップを支援する方法を尋ねた。著者が家賃が起業の負担になっていると説明すると、グォホンは即座に3年分の家賃を無償にする政策を決定し、創業大街プロジェクトを開始した。中国政府も「大衆による起業、万人によるイノベーション」政策を支援した。中国内の熾烈な競争に勝ち抜くために中国のスタートアップ企業は現実世界で汗をかくことを厭わない。また、中国ではクレジットカード普及が不十分で高価なパソコンを使えないことが、スマホによるキャッシュレス決済アプリ、ウィーチャットを爆発的に普及させた。ウィーチャット決済に手数料は無く、ウィーチャットは日常生活のリモコンに成長し、スーパーアプリとなった。都会の通りをうろつく物乞いが、アリペイとウィーチャットの2種類のQRコードをプリントした紙を首からぶらさげるまでになった。シリコンバレーとは全く異なるインターネット空間が出現したのである。

第4章、中国対アメリカ

21世紀のAI超大国には4つの条件、「豊富なデータ」、「不屈の起業家」、「有能なAIエンジニア」、「政府の支援」が必要である。実用化の時代は少数のスター発明者よりも多数の無名エンジニアがものを言う。また、政府の支援も、税金の無駄遣いを激しく糾弾する米国の闘争的な政治システムでは実現し難いものである。中国中央政府のAI計画を実施する地方政府の役人は昇進をもくろむ功名心で様々な支援策を実施している。2015年ImageNet画像認識コンテストで優勝したMRSAのReSNet論文は、アルファ碁ゼロのコア技術に使われた。この論文の4人の共著者のうち1人はフェイスブックに移り、ほかの3人は中国でAIスタートアップを起業した。

第5章、AIの4つの波

AI革命は4つの波となって進展するだろう。第一の波はインターネットAIである。動画再生やネットショップで閲覧者の好みを機械学習して絶妙なコンテンツを提案し、サイト運営企業の利益を最大化するアルゴリズムが完成しつつある。ニュースまとめサイト、トウティアオは北京大学と共同でAI記者を誕生させ、ニュース記事を自動生成させた。

第二の波はビジネスAIである。保険の審査や銀行の融資や病院の画像診断をAIが受け持てるようになりつつある。証拠調べと量刑について裁判官に助言するAI司法システムも実用化しつつある。

第三の波は認知AIである。AIは、視覚や聴覚を獲得しつつある。デジタル画像データやデジタル音声データから、対象物を認識できるようになったのだ。そしてその認識率は人類を凌駕している。Online-Merge-Offline技術が進展して、物質世界とデジタル世界の境界がなくなりつつある。家電に組み込まれる認知AIの分野では中国がすでにアメリカを凌駕している。

第四の波は自立型AIである。これは前期3つのAIを組み合わせたAIの完成形である。完全自動運転車、イチゴ摘みロボット、倉庫内ロボット、自律型ドローン、などが実用化しつつある。この分野では米国が先行しているが、中国は自動運転車専用道路を建設し、データ量で米国を追い越しつつある。


2017年5月、囲碁の世界チャンピオン柯潔コジェがグーグル子会社deepmind が開発したAlphaGoに3連敗した時の衝撃は「中国人にしか理解できない」というのです。中国発祥の囲碁は、西欧にとってのチェスのように、自分たちのアイデンティティに根差した国技でした。特に囲碁は碁盤が19路もあり、交点が361もあり、指し手の組み合わせが膨大であるために、従来のコンピューターでは人間に太刀打ちできないとされてきたので、AlphaGoの勝利によりディープラーニングという技術の凄さを一気に理解することができたわけです。

5章冒頭で紹介されたアイフライテックのAI音声合成は次の動画で見られます。トランプ大統領とオバマ大統領が流暢な北京語を話すというものです。

https://youtu.be/-ISWe9mGNiw

特に第2章は必読です。中国企業の手段を選ばない闘争心はシリコンバレーや日本の文化からすると受け入れがたいものですが、日本だって高度成長期には戦後復興の欠乏感をバネに闘っていたわけですから、「いつかきた道」というわけです。日本の戦後復興が1945年に始まったとすれば、中国の戦後復興は文革が終わった1977年に始まったと考えられるので、ちょうど32年ズレていることになります。中国人の闘争心は、シリコンバレーのアメリカ人も、我々日本人も絶対に理解することはできないのです。

中国のAI技術が凄いというのは、AI白書2019などで何となく感じてはいましたが、このように内部の方からのレポートを読みますと大迫力で納得させられます。熱い中国のAI革命を感じ取ってください。日本社会がとっくの昔に忘れた青春時代みたいなものが感じられます。

※参考記事

AI世界秩序(後半)

AI白書2019


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