これは同じ講談社ですけど、講談社現代新書の小林雅一氏の「ゲノム編集とは何か」とは方向性が違う本です。あちらは2016年の一般向けの本であるのに対して、こちらはバイオテクノロジーを目指す高校生向きの本という感じです。そして2020年の出版だけあって最新動向が記されています。特に第8章「ゲノム編集が拓く新しい生命科学」は特筆すべき内容です。印象に残った項目をご紹介致します。
ディーキャス9・・・dead Cas9 クリスパーキャス8のDNA切断酵素に突然変異を導入して切断酵素(ヌクレアーゼ)失活型にしたCas9酵素に「様々な機能ドメイン」を追加して、狙った遺伝子配列に遺伝子編集以外の作用を与える技術が開発されています。転写活性化・抑制化、エピゲノム編集(遺伝子スイッチ操作)、蛍光タンパク質による核酸標識などがあります。クリスパーキャス9の世界が無限に広がっているのを感じました。
クリスパーライブラリー・・・これはヒトやマウスの全遺伝子(約2万個)を切断できるガイドRNAを持つライブラリー(2万種類)を作成し、これをウイルスベクター(運び屋)に組み込んで、ヒトやマウスの細胞に感染させ、各遺伝子が失活した結果を発現させ、求める作用の細胞を選抜して、NGSで当該遺伝子を探り当てる手法です。これは順遺伝学的手法フォワードジェネティクスの進化系、遺伝学2.0とも言うべき革命的手法です。ちなみに逆遺伝学的手法は、遺伝子をひとつ改変して表現型を見る手法です。著者も「2014年にチャン博士が発表した技術を見て大きな衝撃を受けた。これまでの特定の遺伝子改変技術という考えを大きく覆す技術であったからである」と率直な感想を述べています。
ダウドナ・シャルパンティエ博士の論文が試験管内での遺伝子編集に言及したものであったのに対し、チャン博士はプラスミド(環状DNA)にキャス9の「遺伝子」を組み込んで生体の遺伝子編集を可能にする論文を発表し、さらに順遺伝子学的手法を大幅に前進させるクリスパーライブラリーを提唱していますから、技術の応用度において大きな貢献があると感じました。ダウドナ・シャルパンティエがノーベル賞なのは間違いないと思いましたが、チャン博士も十分チャンスがあると感じました。ほかに遺伝子ドライブのケヴィン・エスヴェルト博士の論文も衝撃的ですし、遺伝子編集はこれからノーベル賞を量産する分野だと感じました。
※参考記事
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