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すばらしい新世界


オルダス・ハクスリー、すばらしい新世界(新訳版、大森望訳)、早川書房

これは、ユヴァル・ノア・ハラリの「ホモ・デウス」「21レッスンズ」のネタ本になっているんですね。ハラリさんの指摘は、オルダス・ハクスリーの警告を21世紀にアップデートした焼き直しでしかないと見ることも出来ちゃうわけです。「全てのディストピア小説の源流」というキャッチフレーズがついていますが、日本人なら、村上春樹の「1Q84」やマンガ「20世紀少年」を思い出すかも知れません。「すばらしい新世界」は1932年に書かれ、ジョージ・オーウェルの「1984」は1949年に刊行されました。20世紀の資本主義、科学革命により人間性が危機に瀕しているということをディストピアという形であぶり出しているわけです。ハラリさんは、21世紀にも益々この論点は重要性を増していると警告しているのですね。

「すばらしい新世界」というのは、シェイクスピア「テンペスト」第五幕第一場のミランダのセリフ”O brave new world”が出典になっているそうです。もちろん反語ですね。シェイクスピアはディストピアでは禁書となっていますが、野人と世界統制官の会話には何度も引用され、その葛藤が物語の影のテーマになっています。ハクスリーは、シェイクスピアを読んで思い悩む青春時代の尊さを伝えようとしています。ディストピアでは禁書になっていますが、禁書にしなくても、21世紀の我々はスマホに首ったけでシェイクスピアに親しむ機会が減っていますね。こういうのを何というのでしょう、自発的禁書とでも言う事態です。ディストピア化は、あらゆる方法で進行しているのです。

管理人が印象に残ったフレーズをいくつか引用しますので各自味わってみて下さい。

「八百人のシンプルライフ主義者が、ゴルダーズ・グリーンで機銃掃射された」・・・ディストピア成立の過程で良心的消費拒否運動が起きたが暴力的に粉砕された。

「そしてあの有名な大英博物館の大虐殺が起きた。二千人の文化愛好者が、硫化ジクロロエチレンガスで殺害された」・・・ディストピアでは葛藤を生む文化や哲学は封印されている。

「隔週木曜日がバーナードの連帯のおつとめの日だった。」・・・フリーセックスの儀式が定期的に行われていた。

「科学における発見は、どんなものでも、破壊につながる可能性を秘めている。だから、科学でさえも、ときには潜在的な敵と見なさねばならない。」・・・科学革命の行き過ぎを警告する文章。

「われわれは、人間が孤独を嫌うようにしている。そして、孤独になることがほぼ不可能なように、社会生活を設計している」・・・がーん!なんでこの人は1932年に21世紀のスマホのSNS依存症を予見出来たのでしょうか!!

「でも、苦労は必要です。オセローの言葉を覚えていませんか?『嵐のあとにいつもこんな平穏が訪れるのなら、風よ、死者が目を覚ますほど激しく吹き荒れろ(オセロー2幕1場)』・・・野人ジョンが世界統制官に苦労の必要性を述べた場面。

「つまりきみは」とムスタファ・モンドが言う。「不幸になる権利を要求しているんだね」「ええ、それでいいですよ」と野人が喧嘩腰で言った。「僕は不幸になる権利を要求する」・・・明るいディストピアの拒否。

「モーガナに抱擁されていたときでさえ、彼は孤独だった-それどころか、生まれてこのかた経験したことがないほど徹底的に孤独だった。」・・・睡眠学習による条件付けが徹底されているはずの新世界において何故か自我に目覚めるバーナード。

バーナードの孤独感は、ヘルマン・ヘッセの「デミアン」や、三島由紀夫の「仮面の告白」にも通ずる文学テーマになっていますし、野人ジョンとレーニナのラブロマンスは「ロミオとジュリエット」のような葛藤を描いています。

あらゆる問題が解決されたディストピアをコミカルに描き、「ほんとにそれで良いんですか?」と問うているわけです。これって、ユヴァル・ノア・ハラリ「ホモ・デウス」の主要テーマと一致しちゃっているんですよね。

※参考書籍

ジョージ・オーウェル、1984

※参考記事

21Lessons 第4部真実

ホモ・デウス下巻

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