葉隠の知恵を現代に生かせ!(2)

山本常朝著、渡辺誠編訳、抄訳葉隠

戦国時代の戦乱が収まって100余年、江戸幕府6代将軍徳川家宣の時代、今の九州肥前佐賀藩の武士、山本常朝が述べた武士道の精神を書き留めた秘密の書「葉隠」が再び注目を浴びています。最も有名な「武士道とは死ぬことと見付けたり」という文言がありますが、他にも沢山の珠玉の言葉が散りばめられています。それらの言葉を鑑賞し、解釈し、来るべきシンギュラリティの時代に生かすべきだと思います。管理人が感動した部分を御紹介致しますので、各自本書を手に取って考えて見て下さい。

・仕果(しおお)すべしと思ふ故、間に合はず。向(むこう)は大勢などと云ひて時を移し、しまり止めになる相談に極まるなり。

(意訳)完璧にやり遂げようとするから間に合わないのである。相手は人数が多いからもっと準備が必要だなどと言って時間を無駄にしていると、最後には断念する相談をしてお終いになってしまうのだ。

(解釈)この段は常朝が赤穂浪士の「忠臣蔵」討ち入りが浅野内匠頭切腹から1年9ヶ月後になったことを批判した内容とされています。赤穂浪士の討ち入りは結果として成功しましたが、万一討ち入りする前に吉良上野介が病死でもしてしまえば主君の敵討ちが出来なくなってしまう所だったと批判しているのです。この観点も、21世紀のシンギュラリティ革命に応用できるでしょう。考えてばかりいると時代の変化に対応できなくなってしまいますよと言っているわけです。どんどん決断よく変化して行くべきだと教えているわけです。

・「武道の大意は何と心得候や」と問掛けたる時、言下に答ふる人稀なり。かねがね胸に落着きなき故なり。さては、武道不心掛の事知られたり。油断千万の事なり。

(意訳)「武道とは何ぞや?」と聞かれた時に即答出来る人は意外に少ないものだ。これは普段から胸中に武道の何たるかを確固たる信念として持っていないためである。この質問により、一瞬にして武道が分かってないことが露見してしまうのだ。まったく油断千万の事である。

(解釈)ここで「武道」というのは、常朝は武士としての心掛けとして語っている訳ですが、現代日本の若者にとっては「21世紀の市民としての心掛け」という意味に解釈すべきでしょう。現代市民の心掛けは何かと問われて即答できないようでは、心掛けが出来ていないことが露呈してしまいますよと言っている訳です。シンギュラリティ革命に対する心掛けができていないと、革命の敗者になってしまいますよという警告として読むことができます。想定外の損害を被らないために、常日頃から「確固たる信念」を確立しておくべきだということです。具体的にどういうことかと書くことは難しいですが、アマゾン効果とかブルーオーシャン戦略などを意識して、どのように自分自身が進んで行くのか、予め考えておくということですね。

※参考記事

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